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令和8年8月、9年8月からの高額療養費制度の見直し

○高額療養費とは?
高額療養費制度は高額な医療費に伴う経済的負担を軽減する仕組みで、一月に医療機関に支払った額が定められた上限額を超えた場合に、上限を超えて支払った額を払い戻す健康保険法第百十五条に規定されている制度です。
第百十五条(高額療養費) 療養の給付について支払われた一部負担金の額又は療養(食事療養及び生活療養を除く。次項において同じ。)に要した費用の額からその療養に要した費用につき保険外併用療養費、療養費、訪問看護療養費、家族療養費若しくは家族訪問看護療養費として支給される額に相当する額を控除した額(次条第一項において「一部負担金等の額」という。)が著しく高額であるときは、その療養の給付又はその保険外併用療養費、療養費、訪問看護療養費、家族療養費若しくは家族訪問看護療養費の支給を受けた者に対し、高額療養費を支給する。
2 高額療養費の支給要件、支給額その他高額療養費の支給に関して必要な事項は、療養に必要な費用の負担の家計に与える影響及び療養に要した費用の額を考慮して、政令*1で定める。
今回の改正は、この第二項の「家計」の後に「、とりわけ長期にわたって継続的に療養を受ける者の家計」が加えられ、改正法として令和8年8月1日に施行されることになっています。
この改正は、近年の高齢化、医療の高度化、高額医薬品の開発等医療費が増大する要因が多々ある中において、医療費の伸びに対応した制度の改革は避けることのできない課題となっているものの、高額な医療を必要とする状態になった場合には、高額療養費は重要なセーフティネット機能を果たすものであることを考慮すると、将来に亘って維持する必要があり、また低所得者や長期の療養を要する制度利用者の経済的負担に配慮したものでなければならないという考えを背景に行われるものです。特に改革の検討に当たっては、患者団体など制度の当事者やその意見を伝える立場の委員の参画があったことから長期療養者への影響を適切に考慮し、十分に配慮することが重視され、「、とりわけ長期にわたって継続的に療養を受ける者の家計」の文言が追加されたものです。
*1:健康保険法第百十五条第二項の政令は、健康保険法施行令を指します。施行令中高額療養費については、第四十一条から第四十三条に規定されていますが、かなりの長文であるため、掲載は割愛します。この長文を読解するのは困難を伴うことから、厚生労働省は実務者向けに整理した一覧表を作成していますので、以下に掲載します。
※高額療養費自己負担限度額早見表(令和8年8月見直し前)を参照(厚生労働省「高額療養費制度に関する参考資料」)
 
○令和8年8月から変更を予定している高額療養費制度の内容
①低所得者の負担に配慮しつつ、一人当たりの医療費の伸びに応じて月額負担上限額を見直しています。
月単位の上限額の計算式の金額を変更していますが、計算結果が大きく増額することがないように配慮した見直しとなっているということです。
②長期療養者への配慮の観点から、「多数回該当」*2の金額を維持するとともに、長期にわたり治療を継続している人が不安に感じる「将来の医療費負担」に見通しを立てやすくなるよう、新たに年単位の上限額(年間上限)を設けています。
多数回該当の金額が据え置きとなっていることから、長期療養者の影響への配慮を窺うことができます。また、年単位の上限額が新設されていて、年間の医療費負担を計画的に見通すことができる仕組みが導入されています。
*2:過去12か月以内に3回以上、上限に達した場合は、4回目から「多数回」該当となり、上限額が下がる仕組み
※高額療養費自己負担限度額早見表(令和8年8月~令和9年7月)を参照(厚生労働省「高額療養費制度の見直しについて」)

○令和9年8月から変更を予定している高額療養費制度の内容
①応能負担という観点に基づき、所得区分が細分化されます。
従来の所得区分がさらに3段階細分化され、旧同区分内の上位所得者には相応の負担増となっています。
令和8年の①とともに制度の持続可能性を意図した見直しといえるでしょう。
②低所得者への配慮の観点から、「年収200万円未満の課税世帯」の多数回該当の金額が引き下げられます。
年収区分がさらに下方へ3段階細分化され、年収200万円未満の多数回該当の金額が44,400円⇒34,500円で△9,900円となり、低所得者の負担が軽減されます。それとともに年収200万円以上370万円未満の人には相応の負担増となっています。
※高額療養費自己負担限度額早見表(令和9年8月~)を参照(厚生労働省「高額療養費制度の見直しについて」)
 
○まとめ
高額療養費制度は、高齢化、医療の高度化、高額薬剤の開発等によって、医療費の増加が見込まれる昨今において、その持続可能性を図るという観点から負担増の見直しを行わなければならない情勢と言えます。しかし一方で、高額療養費制度は社会のセーフティネットを支える重要な柱であることも否定することはできません。
上記のような観点から、高額療養費制度を将来的に維持するという視点で国は様々な見直しを検討し、実施するようです。ただし、その検討の根底にあるのは、低所得者や長期療養者への配慮です。制度の持続可能性だけを眼中にして、弱者への配慮を欠いては社会保障制度が成り立たないことから、応能負担という観点で負担増を図りながらも、弱者への負担増は極力抑制するという構造を執ることで苦心しながらも見直しを決定したように思います。今回は、その内容について概要を記載しましたが、改正が段階的に行われるため、最後に全体像を捉えやすいように、段階的比較表を掲示します。ご参照ください。
※高額療養費制度の段階的改正比較表(厚生労働省「高額療養費制度の見直しについて」)
 
2026年07月10日 16:05

労働契約法第二章 労働契約の成立及び変更解説

労働契約法(第二章 労働契約の成立及び変更)
労働契約法第二章労働契約の成立及び変更は、第六条(労働契約の成立)~第十三条(法令及び労働協約と就業規則との関係)で構成されています。
労働契約が労働者と使用者の合意により成立すること、労使の合意により労働契約の内容である労働条件を変更できることを定めています。そして、合意以外の形式として、例外的に就業規則の変更によって労働契約の内容が規律され、または変更されるという規定が定められています。
また、改正前に労基法に定められていた就業規則の最低基準効を引き継ぎ、就業規則と法令及び労働協約との関係についても規定されています。
ここでは、第六条(労働契約法の成立及び変更)と第七条(労働契約の内容と就業規則)について記載します。
 
○労働契約の成立
労働契約が、①労働者が使用者に使用されて労働(指揮命令に従った労務提供)すること、②使用者がこれに対して賃金を支払う(労務の対償としての賃金支払)ことの二つの要件について労働者と使用者が合意した場合に成立することを第六条は定めています。
民法は雇用について、「雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。」と規定しています。この民法の規定は労働契約に該当することから労契法第六条が規定されています。
 
第六条(労働契約の成立)
労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。
労働契約が成立するのは、①②の合意があった時です。民法によると契約は「契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。」とされています。このことは労働契約においても当てはまるものですので、労働契約法は①②について当事者が合意することを労働契約成立の要件としているのです。
つまり、労働者が①②を示して契約の申込みをし、これに対して使用者が承諾をする、または逆に使用者が①②を示して契約の申込みをし、これに対して労働者が承諾をすることによって労働契約は成立するものです。
「合意することによって成立する」について、労働契約は、 労働契約の締結当事者である労働者及び使用者の合意のみにより成立するものである。したがって、労働契約の成立の要件としては、契約内容について書面を交付することまでは求められないものである。 また、法第六条の労働契約の成立の要件としては、労働条件を詳細に定めていなかった場合であっても、労働契約そのものは成立し得るものである。と通達されています。
すなわち、労働契約法が定める労働契約の成立要件としては、抽象的な労務提供と賃金支払で足り、例えば、使用者が労働の内容や賃金額について具体的に明示せず、後日の決定に委ねるとしても、①②について合意すれば労働契約自体は成立するということです。ただし、労働者がどのような種類・内容の仕事なのか、報酬はどの程度のものが支払われるのか不明確な状態で合意の意思表示をすることは、まず考えられないため、そのような状況で契約が成立することは、あったとしても極稀であると思われます。
 
○労働契約の内容と就業規則
労働契約の成立については、労使の合意によって成立するものですが、その合意は労働条件のすべてについてされたものではなく、それらの一部についての合意にすぎないものです。日本における労働契約では、合意した条件以外の詳細な労働条件は定められず、就業規則によって統一的に条件設定が行われてきました。つまり、就業規則の記載事項が、実際上、労働契約の内容として取り入れられるという運用がされてきました。
しかし、就業規則で定める労働条件と労働契約の内容である労働条件との法的関係については、従来は法令上明らかにされていませんでした。つまり、使用者が一方的に定める就業規則が、何故に、またいかなる条件の下に、労働契約の内容としての意義を持つようになるのかについて、法令に定められていなかったのです。
そこで労働契約法第七条において、上記従来の慣習や学説、判例等の蓄積を整理して、労働契約の成立場面における就業規則と労働契約との法的関係について規定されたものです。
第七条(労働契約の内容と就業規則)
労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第十二条(就業規則違反の労働契約)に該当する場合を除き、この限りでない。
第七条について、通達はその内容を以下のように説明しています。
・就業規則で定める労働条件が労働契約の内容となるための要件
第七条は、労働契約において労働条件を詳細に定めずに労働者が就職した場合において、①「合理的な労働条件が定められている就業規則」であること及び②「就業規則を労働者に周知させていた」ことという2要件を満たしている場合には、就業規則で定める労働条件が労働契約の内容を補充し、「労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件による」という法的効果が生じることを規定したものです。
これは、労働契約の成立についての合意はあるものの、労働条件は詳細に定めていない場合であっても、就業規則で定める労働条件によって労働契約の内容を補充することにより、労働契約の内容を確定するものであるということです。
・労働者及び使用者が労働契約を締結する場合との記述について
法第七条は労働契約の成立場面について適用されるものであり、既に労働者と使用者との間で労働契約が締結されているが就業規則は存在しない事業場において新たに就業規則を制定した場合については適用されないものです。また、就業規則が存在する事業場で使用者が就業規則の変更を行った場合については、法第十条(就業規則による労働契約の内容の変更)の問題となるものです。
・合理的な労働条件について
「合理的な労働条件」は、個々の労働条件について判断されるものであり、就業規則において合理的な労働条件を定めた部分については同条の法的効果が生じ、合理的でない労働条件を定めた部分については同条本文の法的効果が生じないこととなるものです。
「合理的な労働条件」とは、就業規則による労働条件の統一的・画一的という要請に反しないものであれば合理性ありといえ、その目的や内容が、従業員の大多数の利益に反するものでない程度に正当であれば、合理性ありと判断できる。また、合理性は「企業の人事管理上の必要性があり、労働者の権利・利益を不当に制限していなければ肯定される。との見解が示されています。
就業規則に定められている事項であっても、例えば、就業規則の制定趣旨や根本精神を宣言した規定、労使協議の手続に関する規定等労働条件でないものについては、法第七条本文によっても労働契約の内容とはなりません。
・法第七条の就業規則とは
労働者が就業上遵守すべき規律及び労働条件に関する具体的細目について定めた規則類の総称をいい、労働基準法第八十九条の「就業規則」と同様ですが、法第七条の「就業規則」には、常時10人以上の労働者を使用する使用者以外の使用者が作成する労働基準法第八十九条では作成が義務付けられていない就業規則も含まれます。
・周知とは
① 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること
② 書面を労働者に交付すること
③ 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること
等の方法により、労働者が知ろうと思えばいつでも就業規則の存在や内容を知り得るようにしておくことをいいます。このように周知させていた場合には、労働者が実際に就業規則の存在や内容を知っているか否かにかかわらず、法第七条の「周知させていた」に該当するものです。
なお、労働基準法第百六条の「周知」は、労働基準法施行規則第五十二条の二により、①から③までのいずれかの方法によるべきこととされていますが、法第七条の「周知」は、これらの3方法に限定されるものではなく、実質的に判断されるものです。
・労働者に周知させていたとは
その事業場の労働者及び新たに労働契約を締結する労働者に対してあらかじめ周知させていなければならないものであり、新たに労働契約を締結する労働者については、労働契約の締結と同時である場合も含まれるものです。
・労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分
法第七条は、就業規則により労働契約の内容を補充することを規定したものであることから、同条本文の規定による法的効果が生じるのは、労働契約において詳細に定められていない部分についてであり、「就業規則の内容と異なる労働条件」を合意していた部分については、同条ただし書により、法第十二条に該当する場合(合意の内容が就業規則で定める基準に達しない場合)を除き、その合意が優先するものです。
 
○労働契約の内容の変更
労働契約の締結の際には、労使が合意することで成立することが第六条で示されています(合意の原則)が、第八条ではこの合意の原則が、さらに労働契約の内容である労働条件の変更の際にも適用されることが定められています。
第八条 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
労働契約においては、使用者が事実上、優越的地位にあることから労働条件を一方的に引き下げようとする動機が働くことがあり、このような労働契約の変更の場面においては、労働者の意思が蔑ろにされやすいものです。
このことに対して、第八条は労働者と使用者が「合意」するという要件を満たした場合に労働契約の内容である労働条件を変更できるという法的効果が生じることを規定したものです。
つまり、成立した契約について、一方の当事者がその一方の意思によって変更することは認められないということを規定しています。なお、条文では「その合意により、・・・変更することができる。」との記載です。これは、「労働条件を変更することは可能ですよ。ただしその場合には合意が必要ですよ。」と労働条件が労使の合意によって変更されるものであることを確認したものであって、合意の必要性を強調しています。この合意については、口頭でもできるもので、書面を交付することまでは求められていません。 
○就業規則による労働契約の内容の変更
労働契約法第八条によって、労働契約の内容である労働条件は合意によらなければ変更することができないのが原則です。このことは、その労働条件が就業規則で定められている場合も同様で、第九条は労働者と合意することなく、就業規則を変更するという手段によって、労働契約の内容である労働条件を変更することはできないことを規定しています。あくまでも合意が必要であり、就業規則の変更という単独手段による一方的変更はできないのです。
第九条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
ただし、九条条文には「不利益に」の文言が付されているのが気になるところです。これについては、不利益な変更は合意なしに就業規則の変更によって行うことはできず、また有利な変更であっても合意なしに就業規則の変更によって行うことはできないのは同じです。前者は第九条、後者は第八条の規制を受けてできないということになります。しかし、有利な変更については、労働条件が良い方向へ変わるということですので、労働者からの異論は出ず、争う余地がありません。つまり黙示の合意という位置づけとなり、第八条の合意の原則によって合意のない就業規則の変更による変更はできないのが原則ですが、事実上は可能ということになるのです。
更に第九条は、そのただし書において、合意によることなく労働条件の不利益な変更を可能にするという「例外」があることを第十条に委ねる構造になっています。
第十条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
この第八条、第九条、第十条はややこしく、難解であるため整理しますと以下のようになります。
第八条:契約は合意で変更が原則⇒第九条:不利益変更の禁止+就業規則による一方的変更の制限⇒第十条:不利益変更の場合+変更手続きの合理性=就業規則変更による一方的変更が可能(例外)
  1. 原則:合意で変更(第8条) 2.合意なし → 就業規則だけでは不可(第9条) 3.ただし例外的に合意のない就業規則変更による変更が可能(第10条)
つまり、自由に変えられるのは「合意」がある場合(不利益・有利共)で、合意のない一方的変更はNG(有利は事実上可能)ですが、合理的手続きが行われることで例外として一方的変更がOK(不利益)となります。
第九条について、通達はその内容を以下のように説明しています。
・合意のない就業規則変更による労働条件の不利益変更禁止とその例外
法第八条の労働契約の変更についての「合意の原則」に従い、使用者が労働者と合意することなく就業規則の変更により労働契約の内容である労働条件を労働者の不利益に変更することはできないという原則を確認的に規定したものです。
法第九条ただし書は、法第十条の場合は、法第九条本文に規定する原則の例外であることを規定したものです。
・法第九条の就業規則とは
労働者が就業上遵守すべき規律及び労働条件に関する具体的細目について定めた規則類の総称をいい、労働基準法第八十九条の「就業規則」と同様ですが、法第九条の「就業規則」には、常時10人以上の労働者を使用する使用者以外の使用者が作成する労働基準法第八十九条では作成が義務付けられていない就業規則も含まれます。
・法第九条の「労働者の不利益」については、個々の労働者の不利益をいうものです。
なお、第十条について、通達はその内容を以下のように説明しています。
・法第十条の法的効果発生の要件
「就業規則の変更」という方法によって「労働条件を変更する場合」において、使用者が「変更後の就業規則を労働者に周知させ」たこと及び「就業規則の変更」が「合理的なものである」ことという要件を満たした場合に、労働契約の変更についての「合意の原則」の例外として、「労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによる」という法的効果が生じることを規定したものです。
・労働条件変更の方向
就業規則の変更による労働条件の変更が労働者の不利益となる場合に適用されるものです。なお、就業規則に定められている事項であっても、労働条件でないものについては、法第十条は適用されません。
・就業規則変更の範囲
「就業規則の変更」には、就業規則の中に現に存在する条項を改廃することのほか、条項を新設することも含まれます。
・「就業規則」及び「周知」とは
「就業規則」とは、労働者が就業上遵守すべき規律及び労働条件に関する具体的細目について定めた規則類の総称をいい、労働基準法第八十九条の「就業規則」と同様であるが、法第十条の「就業規則」には、常時10人以上の労働者を使用する使用者以外の使用者が作成する労働基準法第八十九条では作成が義務付けられていない就業規則も含まれます。
法第十条の「周知」とは、例えば、
① 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること
② 書面を労働者に交付すること
③ 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること等の方法により、労働者が知ろうと思えばいつでも就業規則の存在や内容を知り得るようにしておくことをいうものです。このように周知させていた場合には、労働者が実際に就業規則の存在や内容を知っているか否かにかかわらず、法第十条の「周知させていた」に該当するものです。
なお、労働基準法第百六条の「周知」は、労働基準法施行規則第五十二条の二により、①から③までのいずれかの方法によるべきこととされているが、法第十条の「周知」は、これらの3方法に限定されるものではなく、実質的に判断されます。
・法第十条本文の合理性判断の考慮要素
  • 法第十条本文の「労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況」は、就業規則の変更が合理的なものであるか否かを判断するに当たっての考慮要素として例示したものであり、個別具体的な事案に応じて、これらの考慮要素に該当する事実を含め就業規則の変更に係る諸事情が総合的に考慮され、合理性判断が行われることとなるものです。
  • 法第十条本文の「労働者の受ける不利益の程度」については、実際に紛争となる事例は、就業規則の変更により個々の労働者に不利益が生じたことに起因するものであり、個々の労働者の不利益の程度をいうものです。
また、法第十条本文の「変更後の就業規則の内容の相当性」については、就業規則の変更の内容全体の相当性をいうものであり、変更後の就業規則の内容面に係る制度変更一般の状況が広く含まれるものです。
  • 法第十条本文の「労働条件の変更の必要性」は、使用者にとっての就業規則による労働条件の変更の必要性をいうものです。
  • 法第十条本文の「労働組合等との交渉の状況」は、労働組合等事業場の労働者の意思を代表するものとの交渉の経緯、結果等をいうものです。
「労働組合等」には、労働者の過半数で組織する労働組合その他の多数労働組合や事業場の過半数を代表する労働者のほか、少数労働組合や、労働者で構成されその意思を代表する親睦団体等労働者の意思を代表するものが広く含まれます。
  • 法第十条本文の「その他の就業規則の変更に係る事情」は、「労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況」を含め就業規則の変更に係る諸事情が総合的に考慮されることをいうものです。
法第十条本文の合理性判断の考慮要素と判例法理との関係については、次のとおり(省略)同条本文は、判例法理に沿ったものです。
第四銀行事件最高裁判決においては、(省略)
したがって、法第十条の規定は判例法理に沿った内容であり、判例法理に変更を加えるものではありません。
大曲市農業協同組合事件最高裁判決においては、(省略)法第十条の規定は、この判例法理についても変更を加えるものではありません。
みちのく銀行事件最高裁判決においては、(省略)法第十条の規定は、この判例法理についても変更を加えるものではありません。
・就業規則変更の合理性の主張立証責任
就業規則の変更が法第十条本文の「合理的」なものであるという評価を基礎付ける事実についての主張立証責任は、従来どおり、使用者側が負うものです。
・法第十条の法的効果発生の時期
「当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする」という法的効果が生じるのは、同条本文の要件を満たした時点であり、通常は、就業規則の変更が合理的なものであることを前提に、使用者が変更後の就業規則を労働者に周知させたことが客観的に認められる時点です。
・法第十条ただし書について
「就業規則の変更によっては変更されない労働条件」として合意していた部分については、第十条ただし書により、法第十二条に該当する場合(合意の内容が就業規則で定める基準に達しない場合)を除き、その合意が優先するものです。
・法第七条ただし書について
法第7条ただし書の「就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分」については、将来的な労働条件について
  • 就業規則の変更により変更することを許容するもの
  • 就業規則の変更ではなく個別の合意により変更することとするもの
のいずれもがあり得ますが、①の場合には法第十条本文が適用され、②の場合には同条ただし書が適用されるものです。
 
○就業規則の変更に係る手続
就業規則による労働条件の変更については、第十条のとおり、「変更後の就業規則を労働者に周知させ」ることが手続きとしての要件とされていました。
第十一条においては、その他に労働基準法第八十九条・第九十条でも定められている内容を遵守しなければならないことを規定しています。
第十一条 (就業規則の変更に係る手続)
就業規則の変更の手続に関しては、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第八十九条及び第九十条の定めるところによる。
<労働基準法>
第八十九条(作成及び届出の義務) 
常時10人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
(各号省略)
第九十条 (作成の手続)
使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない。
 使用者は、前条の規定により届出をなすについて、前項の意見を記した書面を添付しなければならない。
つまり、労働契約法第十条は労働者への周知と就業規則の合理性を要件として、就業規則の変更により労働契約の内容である労働条件を変更することができる場合について規定していますが、労働契約法第十一条は、労働基準法においても就業規則の変更の際に必要となる手続きが規定されていることからその手続きをとることが重要であることを明確にしたものです。
その手続きは①常時10人以上の労働者を使用する使用者は、変更後の就業規則を所轄労働基準監督署長に届出なければならないこと、②就業規則の変更について過半数労働組合等の意見を聴かなければならず、届出の際に、その意見を記した書面を添付しなければならないことです。
ここで特徴的なのは、就業規則の変更により労働条件を変更する場合の要件として「周知」は第十条において明確に定められているのに対して、「意見聴取・届出」は第十一条において就業規則の変更に係る手続きとしてその存在を確認している程度であることです。
それでは、労働契約法においては、「意見聴取・届出」を重要視していないのかとも思えますが、そうではないようです。
その証拠に「労働基準法第八十九条及び第九十条に規定する就業規則に関する手続は、法第十条本文の法的効果を生じさせるための要件ではないものの、就業規則の内容の合理性に資するものである。
このため、法第十一条において、就業規則の変更の手続は、労働基準法第八十九条及び第九十条の定めるところによることを規定し、それらの手続が重要であることを明らかにしたものであること。」
「労働基準法第八十九条及び第九十条の手続が履行されていることは、法第十条本文の法的効果を生じさせるための要件ではないものの、同条本文の合理性判断に際しては、就業規則の変更に係る諸事情が総合的に考慮されることから、使用者による労働基準法第八十九条及び第九十条の遵守の状況は、合理性判断に際して考慮され得るものであること。」
と、「意見聴取・届出」は就業規則の変更により労働条件を変更する場合の要件として第十条で「周知」と並んで規定されている「就業規則の内容の合理性」判断に考慮されるべき重要な手続きであることが通達されています。
 
○就業規則違反の労働契約
労働基準法では労働契約法制定まではその第九十三条(効力)において、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において無効となった部分は、就業規則で定める基準による。」と規定されていましたが、労働契約法制定に伴って、第九十三条(労働契約との関係)は「労働契約と就業規則との関係については、労働契約法(平成19年法律第128号)第十二条の定めるところによる。」と改正されました。
そして、労働契約法はその第十二条において、改正前の労働基準法第九十三条と同一の条文で規定されました。
第十二条 (就業規則違反の労働契約)
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。
このことは、労基法にも労働契約法にも同じ内容の規定を定めているということですが、労基法は労契法に移管しただけでは十分とせず、労働条件の最低基準を定めることでその向上を図ろうする労基法の趣旨を重視して労基法にも同規定を残したものです。
 
○法令及び労働協約と就業規則との関係
労働基準法第九十二条(就業規則と法令及び労働協約との関係)は「就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。」と、就業規則と法令・労働協約の関係について規定しています。これに関連して労働契約法は、その第十三条において同趣旨の規定を設けています。
第十三条(法令及び労働協約と就業規則との関係)
就業規則が法令又は労働協約に反する場合には、当該反する部分については、第七条、第十条及び前条の規定は、当該法令又は労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については、適用しない。
就業規則が法令に反してはならないこと及び労働組合と使用者との間の合意により締結された労働協約は使用者が作成する就業規則よりも優位に立つことは、法理上当然であり、就業規則は法令又は労働協約に反してはならないものです。
一方労契法では、第七条、第十条及び第十二条において、それぞれの定める一定の場面に就業規則で定める労働条件が労働契約の内容となることを規定しています。しかし、就業規則が法令又は労働協約に反している場合においても就業規則で定める労働条件が労働契約の内容となることは適当ではないことから、第十三条において、法令又は労働協約に反する就業規則の効力について規定したものです。
第十三条について、通達はその内容を以下のように説明しています。
・法第十三条は、就業規則で定める労働条件が法令又は労働協約に反している場合には、その労働条件は労働契約の内容とはならないことを規定したものです。
なお、法第十三条は、労働基準法第九十二条第一項と同趣旨の規定であり、就業規則と法令又は労働協約との関係を変更するものではありません。
・法第十三条の「就業規則」とは、労働者が就業上遵守すべき規律及び労働条件に関する具体的細目について定めた規則類の総称をいい、労働基準法第八十九条の「就業規則」と同様であるが、法第十三条の「就業規則」には、常時10人以上の労働者を使用する使用者以外の使用者が作成する労働基準法第八十九条では作成が義務付けられていない就業規則も含まれるものです。
・法第十三条の「法令」とは、強行法規としての性質を有する法律、政令及び省令をいうものです。なお、罰則を伴う法令であるか否かは問わないもので、労働基準法以外の法令も含むものです。
・法第十三条の「労働協約」とは、労働組合法(昭和24年法律第174号)第十四条にいう「労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する」合意で、「書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印したもの」をいうものです。
また、法第十三条の「労働協約に反する場合」とは、就業規則の内容が労働協約において定められた労働条件その他労働者の待遇に関する基準(規範的部分)に反する場合をいうものです。
・法第十三条の「労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については」とは、事業場の一部の労働者のみが労働組合に加入しており、労働協約の適用が事業場の一部の労働者に限られている場合には、労働協約の適用を受ける労働者(労働組合法第十七条及び第十八条により労働協約が拡張適用される労働者を含む。)に関してのみ、法第十三条が適用されることをいうものです。
2026年06月30日 12:21

ハラスメントセミナー自社開催のご案内!

人事ご担当者様へ
ハラスメントセミナー自社で個別に開催しませんか!?
ハラスメントとは?
ハラスメントとは執拗な攻撃によって、相手を追い詰め疲弊させることです。
職場に当てはめると、相手に不快感を与える「いじめや嫌がらせ」によって、被害者の就業環境を悪化させる行為全般のことを指します。
ハラスメントには、その発生する態様によってセクハラ、パワハラ等各種のハラスメントが存在しています。
職場において一旦ハラスメントが発生すると、働く人がその持てる能力を十分に発揮することの妨げになるのはもちろん、個人の尊厳や人格を不当に傷つける等人権に関わる大きな問題に発展する許されない行為です。
また、会社にとっても職場秩序の乱れや業務への支障が生じたり、大切な人材の損失にもつながる等事業の正常な運営を妨げかねない大きな問題となる恐れがあります。      
 
 
 
ハラスメントはなぜ起きるのか?
ハラスメントを引き起こす主な要因は、その多くが行為者のそれに関する無関心や無理解または行為者の心の状態つまりは負の感情です。
逆に言えば、ハラスメントに関心を持ち理解すること、気分転換を図ることでハラスメントの防止対策となります。
 
ハラスメント防止への第一歩は?
従業員のハラスメントに関する関心と理解を深めさせること、気分転換をし、負の感情を持たないことはハラスメント防止の対策となります。そこで、社内において個別にハラスメントセミナーを開催することで、予防策としてはいかがでしょうか?
従業員にハラスメントに関する関心と理解を深めさせ、負の感情を持たないように自覚を促すことはハラスメント防止にとって重要です。
厚生労働省もハラスメントの内容や発生原因・背景等を研修や講習等を実施することで、周知・啓発することはその防止効果を高める上で重要であると指針において示しています。
個別セミナーの開催はハラスメント防止対策の第一歩となるでしょう。
 
 
ハラスメントセミナー開催要項
事業主は職場におけるハラスメント防止対策のために、雇用管理上必要な措置を講じなければならないと法律で義務付けられています。そのためには「ハラスメントは許さない」という会社の方針を明確にし、従業員に周知・啓発しなければなりません。従業員のハラスメントに関する関心と理解を深めるためにセミナーを開催することは有効な手段です。弊所では、貴社のハラスメントセミナー自社開催を受託・サポートします。
 
●開催日時:貴社指定日時で受託します
 
●開催場所:貴社指定場所に出張します
      ※弊所は山口県宇部市所在のため山口県を対象地域としています
       近隣地域であれば対応しますのでご相談ください
      ※会場にはプロジェクタをご用意ください
●講  師:アクサリス社会保険労務士事務所
      代 表 三戸和洋
●内  容:パワーハラスメント、セクシャルハラスメント、
      妊娠・出産・育児休業等ハラスメント
●受託者数:受託料金~10名:38,500円(税込)、~20名:49,500円(税込)、~30名:60,500円(税込)、~40名:71,500円(税込)、~50名:82,500円(税込)、50名超:別途お打ち合わせ
 
※お申し込み・お問い合せは電話、メール又はホームページお問い合せからアクセスしてください。
お問い合せ:電話09032634864、メールkazuhiro_mito@sr-oxalis.com
      HP https://sr-oxalis.com/
2026年06月18日 10:48

障害者雇用 雇用数を充たすだけでは十分ではありません!

障害者雇用促進法(正式名称:障害者の雇用の促進等に関する法律)とは?
障害者雇用促進法は、障害者の職業の安定を図り、その能力を発揮できる社会を実現することを目的として、国・自治体・企業(事業主)に対して障害者雇用に関する各種義務を課した法律です。
(事業主の責務)
第五条 全て事業主は、障害者の雇用に関し、社会連帯の理念に基づき、障害者である労働者が有為な職業人として自立しようとする努力に対して協力する責務を有するものであって、その有する能力を正当に評価し、適当な雇用の場を与えるとともに適正な雇用管理並びに職業能力の開発及び向上に関する措置を行うことによりその雇用の安定を図るように努めなければならない。
(国及び地方公共団体の責務)
第六条 国及び地方公共団体は、自ら率先して障害者を雇用するとともに、障害者の雇用について事業主その他国民一般の理解を高めるほか、事業主、障害者その他の関係者に対する援助の措置及び障害者の特性に配慮した職業リハビリテーションの措置を講ずる等障害者の雇用の促進及びその職業の安定を図るために必要な施策を、障害者の福祉に関する施策との有機的な連携を図りつつ総合的かつ効果的に推進するように努めなければならない。
この法律制定の根底にあるのは、障害のある人も経済社会を構成する労働者の一員として、当然に職業生活においてその能力を発揮する機会を与えられるものであり、障害者本人も職業に従事する者としての自覚を持ち、その能力開発と向上、職業人として自立に向けて努力するものとするという考え方です。
(目的)
第一条 この法律は、障害者の雇用義務等に基づく雇用の促進等のための措置、雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会及び待遇の確保並びに障害者がその有する能力を有効に発揮することができるようにするための措置、職業リハビリテーションの措置その他障害者がその能力に適合する職業に就くこと等を通じてその職業生活において自立することを促進するための措置を総合的に講じ、もつて障害者の職業の安定を図ることを目的とする。
(基本的理念)
第三条 障害者である労働者は、経済社会を構成する労働者の一員として、職業生活においてその能力を発揮する機会を与えられるものとする。
第四条 障害者である労働者は、職業に従事する者としての自覚を持ち、自ら進んで、その能力の開発及び向上を図り、有為な職業人として自立するように努めなければならない。
上記内容を踏まえると、障害者雇用促進法は単に「一定人数の障害者を雇えばよい」というものではなく、採用から職場定着までの総合的な雇用管理を求めているものです。
つまり企業においては、人事・労務管理上、重要なコンプライアンス事項であるといえます。以下に企業のコンプライアンス上必要な措置について記載します。
 
①法定雇用率の達成義務
一定規模以上の事業主(常時雇用労働者数が40人以上、令和8年7月~37.5人)には、法定雇用率以上の割合で障害者を雇用する義務があります。(常時雇用労働者数×法定雇用率=雇用すべき障害者数小数点以下切捨)
令和8年6月までの民間企業の法定雇用率は2.5%、令和8年7月からは2.7%に引上げられます。
障害者雇用促進法の障害者とは、身体障害・知的障害・精神障害その他の心身の障害により、長期にわたり、職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが著しく困難な人のことです。なお、短時間労働者の扱いや重度障害者のダブルカウント等、障害者雇用率制度における人数の算定には細かなルール*1がありますので、注意が必要です。
*1:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 資料編 障害者雇用率制度参照
https://www.jeed.go.jp/disability/data/handbook/q2k4vk000003mbma.html
②報告義務
障害者を雇用する一定の企業は、障害者雇用状況報告書を提出しなければなりません。障害者雇用状況報告書は、毎年6月1日現在で雇用する障害者数等対象障害者である労働者の雇用に関する状況を報告するものです。
障害者雇用促進法第四十三条第七項に基づいて、企業は厚生労働大臣に提出することが義務付けられています。
(一般事業主の雇用義務等)
第四十三条第七項 事業主(その雇用する労働者の数が常時厚生労働省令で定める数以上である事業主に限る。)は、毎年一回、厚生労働省令で定めるところにより、対象障害者である労働者の雇用に関する状況を厚生労働大臣に報告しなければならない。
報告の義務がある企業は、常時雇用労働者数が40人以上(2026年7月からは法定雇用率引上げにより37.5人に拡大)の企業です。これまで障害者の雇用義務がなかった企業も、2026年7月以降は義務の対象となり、雇用状況報告が必要となる可能性があるため注意が必要です。雇用状況報告義務を怠った場合には、罰則(30万円以下の罰金)が規定されています。
雇用状況報告の手続きについては、施行規則第八条に「毎年6月1日現在の対象障害者の雇用に関する状況を7月15日までに所定の様式により管轄公共職業安定所に報告」することと規定されています。
(対象障害者の雇用に関する状況の報告)
施行規則第八条 法第四十三条第七項に規定する事業主は、毎年、六月一日現在における対象障害者(法第三十七条第二項に規定する対象障害者をいう。以下同じ。)の雇用に関する状況を、翌月十五日までに、厚生労働大臣の定める様式により、その主たる事業所の所在地を管轄する公共職業安定所(その公共職業安定所が二以上ある場合には、厚生労働省組織規則(平成十三年厚生労働省令第一号)第七百九十二条の規定により当該事務を取り扱う公共職業安定所とする。以下「管轄公共職業安定所」という。)の長に報告しなければならない。
この報告書によって、障害者の雇用実態や法定雇用率の達成状況の把握が行われることになります。
③障害者雇用納付金制度
障害者雇用人数が法定雇用率を下回る事業主は、不足人数に応じて納付金を徴収されます。一方で、法定雇用率を超えて障害者を雇用している事業主には、超過人数に応じて調整金が支給される制度が設けられています。※常用雇用労働者100人超の事業主に限ります。(法附則第四条)
この制度は、単に「罰金」としてではなく、障害者の雇用に伴う経済的負担の調整と事業主間の社会連帯責務として、障害者雇用の促進・継続を図る役割を果たすものとされています。
なお、常時雇用労働者100人以下の事業主は、上記の通り、納付金・調整金は制度対象外ですが、調整金の代わりに報奨金が支給される制度が定められています。
 
④障害者差別の禁止
事業主は募集・採用について障害者に対して、障害者でない者と均等な機会を与えなければならずまた賃金、教育訓練、福利厚生施設の利用その他の待遇について、障害者であることを理由とする不当な差別的取扱いをしてはならないとされています。なお、その他の待遇には、配置、昇進、降格、解雇等も含みます。(参考資料:障害者に対する差別の禁止に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針)
例えば、下記のような扱いは問題となる可能性がありますので、要注意です。
・障害のみを理由として応募自体を拒否する・能力、適性を検討せず一律に不採用とする・障害者だけ昇進対象から除外する・合理的理由なく配置転換や職務制限を行う等が考えられますが、実務上は、「安全配慮」「業務遂行能力」「合理的配慮との関係」を総合的に検討する必要があります。
(障害者に対する差別の禁止)
第三十四条 事業主は、労働者の募集及び採用について、障害者に対して、障害者でない者と均等な機会を与えなければならない。
第三十五条 事業主は、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生施設の利用その他の待遇について、労働者が障害者であることを理由として、障害者でない者と不当な差別的取扱いをしてはならない。
⑤合理的配慮の提供
事業主は障害者が障害でない者との均等な機会・待遇の確保の支障となっている事情を改善するため、労働者の募集・採用に当たり障害者の障害の特性に配慮した必要な措置を、障害者が障害でない者との均等な待遇の確保又は障害者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するため、障害者の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければなりません。ただし、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときはこの限りではないと規定されています。これを合理的配慮といい、具体的には以下のようなものが該当します。
<募集・採用の配慮>:
・問題用紙を点訳・音訳すること・試験などで拡大読書器を利用できるようにすること
・試験の回答時間を延長すること
・回答方法を工夫することなど
<施設の整備、援助を行う者の配置など>:
・車いすを利用する人に合わせて、机や作業台の高さを調整すること
・文字だけでなく口頭での説明を行うこと
・口頭だけでなくわかりやすい文書・絵図を用いて説明すること
・筆談ができるようにすること
・手話通訳者・要約筆記者を配置・派遣すること
・雇用主との間で調整する相談員を置くこと
・通勤時のラッシュを避けるため勤務時間を変更することなど
なお、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときの具体例には以下のようなものがあります。
<過重な負担>
合理的配慮にも限界があり、以下の例を踏まえて、事業主に過重な負担となる場合には義務は負いません。ただし、「何もしなくてよい」ということではなく、代替措置や協議を行うことが重要です。
・企業規模・財務状況・業務への影響・実現可能性 など
(雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会の確保等を図るための措置)
第三十六条の二 事業主は、労働者の募集及び採用について、障害者と障害者でない者との均等な機会の確保の支障となっている事情を改善するため、労働者の募集及び採用に当たり障害者からの申出により当該障害者の障害の特性に配慮した必要な措置を講じなければならない。ただし、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない。
第三十六条の三 事業主は、障害者である労働者について、障害者でない労働者との均等な待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するため、その雇用する障害者である労働者の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならない。ただし、事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは、この限りでない。
第三十六条の四 事業主は、前二条に規定する措置を講ずるに当たっては、障害者の意向を十分に尊重しなければならない。
第二項 事業主は、前条に規定する措置に関し、その雇用する障害者である労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
<募集・採用時の注意点>
採用面接や応募段階では、障害特性に配慮した次のような措置を講じなければなりません。
・面接方法の変更・試験時間の調整・支援者同席・筆談対応 など
障害の有無のみで採否を判断することは認められません。
 
⑥職場定着と雇用管理
障害者雇用においては、法定雇用率を満たすことだけでなく、障害者が継続して就労できる体制を整備することが重要です。
障害者雇用促進法では、一定数以上の障害者を雇用する事業所に対し、障害者職業生活相談員の選任を義務付けています。
(障害者職業生活相談員)
第七十九条 国及び地方公共団体の任命権者は、厚生労働省令で定める数以上の障害者(身体障害者、知的障害者及び精神障害者(厚生労働省令で定める者に限る。)に限る。以下この条及び第八十一条において同じ。)である職員(常時勤務する職員に限る。以下この項及び第八十一条第二項において同じ。)が勤務する事業所においては、その勤務する職員であって、厚生労働大臣が行う講習(以下この条において「資格認定講習」という。)を修了したものその他厚生労働省令で定める資格を有するもののうちから、厚生労働省令で定めるところにより、障害者職業生活相談員を選任し、その者にその勤務する障害者である職員の職業生活に関する相談及び指導を行わせなければならない。
第二項 事業主は、厚生労働省令で定める数以上の障害者である労働者を雇用する事業所においては、その雇用する労働者であって、資格認定講習を修了したものその他厚生労働省令で定める資格を有するもののうちから、厚生労働省令で定めるところにより、障害者職業生活相談員を選任し、その者に当該事業所に雇用されている障害者である労働者の職業生活に関する相談及び指導を行わせなければならない。
(法第七十九条第一項及び第二項の厚生労働省令で定める数等)
施行規則第三十八条 法第七十九条第一項及び第二項の厚生労働省令で定める数は、五人とする。
第二項 法第七十九条第一項の厚生労働省令で定める者は、次の各号のいずれかに該当する者とする。
一 第一条の四第一号に掲げる者*2
二 法第十三条第一項の適応訓練を修了し、当該適応訓練を委託された事業主に雇用されている者*3
*2:(精神障害者)
第一条の四 法第二条第六号の厚生労働省令で定める精神障害がある者(以下「精神障害者」という。)は、次に掲げる者であって、症状が安定し、就労が可能な状態にあるものとする。
一 精神保健福祉法第四十五条第二項の規定により精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている者
二 統合失調症、そううつ病(そう病及びうつ病を含む。)又はてんかんにかかっている者(前号に掲げる者に該当する者を除く。)
*3:
(適応訓練)
第十三条 都道府県は、必要があると認めるときは、求職者である障害者(身体障害者、知的障害者又は精神障害者に限る。次条及び第十五条第二項において同じ。)について、その能力に適合する作業の環境に適応することを容易にすることを目的として、適応訓練を行うものとする。
第二項 適応訓練は、前項に規定する作業でその環境が標準的なものであると認められるものを行う事業主に委託して実施するものとする。
障害者職業生活相談員は、障害者の職業生活全般について、
● 相談
● 指導
● 職場適応援助
● 関係機関との連携
等を行います。障害者の就業継続にとって重要な役割を担うものです。
また、障害者である短時間労働者についても、その有する能力を有効に発揮できるよう必要な措置を講ずることが求められています。
(障害者である短時間労働者の待遇に関する措置)
第八十条 事業主は、その雇用する障害者である短時間労働者が、当該事業主の雇用する労働者の所定労働時間労働すること等の希望を有する旨の申出をしたときは、当該短時間労働者に対し、その有する能力に応じた適切な待遇を行うように努めなければならない。
 
このように障害者雇用では、採用後の定着支援が重要であり、企業には、相談体制や適切な雇用管理体制の整備が求められます。
特に、障害特性に応じた業務管理や職場内の連携体制を整備することは、安定した就労継続につながる重要な要素となります。
 
⑥行政指導
・雇い入れ計画作成命令
雇い入れ計画作成命令とは、厚生労働大臣が必要と認める場合に、対象障害者である労働者数が法定雇用率未達の事業主に、法定雇用率以上となるようにするために作成を命じることができるものです。事業主は雇い入れ計画を作成または変更したときは、厚生労働大臣にこれを提出しなければなりません。
またこの計画書が、著しく不当であるときや特に必要があるときには、事業主は厚生労働大臣から計画書の変更や適正な実施に関して勧告を受ける場合があります。
なお、事業主が厚生労働大臣の勧告に従わないときは、その旨公表される場合があり、段階的な行政指導が行われることが規定されています。
(一般事業主の対象障害者の雇入れに関する計画)
第四十六条第一項 厚生労働大臣は、対象障害者の雇用を促進するため必要があると認める場合には、その雇用する対象障害者である労働者の数が法定雇用障害者数未満である事業主(特定組合等及び前条第一項の認定に係る特定事業主であるものを除く。以下この条及び次条において同じ。)に対して、対象障害者である労働者の数がその法定雇用障害者数以上となるようにするため、厚生労働省令で定めるところにより、対象障害者の雇入れに関する計画の作成を命ずることができる。
第四項 事業主は、第一項の計画を作成したときは、厚生労働省令で定めるところにより、これを厚生労働大臣に提出しなければならない。これを変更したときも、同様とする。
第五項 厚生労働大臣は、第一項の計画が著しく不適当であると認めるときは、当該計画を作成した事業主に対してその変更を勧告することができる。
第六項 厚生労働大臣は、特に必要があると認めるときは、第一項の計画を作成した事業主に対して、その適正な実施に関し、勧告をすることができる。
対象障害者の雇い入れに関する計画についての手続きは、施行規則において以下のように規定されています。
(対象障害者の雇入れに関する計画)
施行規則第九条 法第四十六条第一項の対象障害者の雇入れに関する計画(以下第十一条までにおいて「計画」という。)には、次の事項を含むものとする。
一 計画の始期及び終期
二 雇入れを予定する労働者の数及びそのうちの対象障害者の数
三 対象障害者である労働者の雇入れを予定する事業所の名称及び所在地並びに当該事業所ごとの雇入れを予定する労働者の数及びそのうちの対象障害者の数
四 計画の終期において見込まれる労働者の総数及びそのうちの対象障害者の数
第二項 計画の作成の命令は、文書により行うものとする。
第十条 事業主は、計画を作成したときは、遅滞なく、これを管轄公共職業安定所の長に提出しなければならない。
(計画の実施状況の報告)
第十一条 事業主は、計画の期間が満了したときは、第九条第一項第二号から第四号までに掲げる事項についての計画の終期における状況を、当該計画の期間が満了した日の翌日から起算して四十五日以内に、管轄公共職業安定所の長に報告しなければならない。
⑦まとめ
企業における障害者雇用促進法への対応では、法定雇用率制度、障害者雇用状況報告や障害者雇用納付金制度が目を引くため、そればかりを注視しがちですが、単に人数を満たすだけでは十分とはいえません。企業には、障害者差別の禁止、合理的配慮、職場定着、環境整備、適切な雇用管理等、総合的な対応が求められます。また、障害者本人との対話を重視し、「何ができないか」ではなく、「どのような環境作り、措置を行えば障害者の能力を活かすことができるか」という視点で雇用管理を行うことが重要です。そうすることで、法の目的である「障害者の職業の安定」を達成することができるのです。
 
2026年06月04日 16:43

労働契約法第一章 総則の解説

労働契約法解説(第一章 総則)
労働契約法は、労使間のトラブルを防止するため、労働条件が定められる労働契約に関して合意の原則やその他の基本的なルールを定めた法律で、労働契約の締結、変更、終了、解雇、雇止めなどに関する原則や民事上のルールを規定し、労働者の保護と個別の労働関係の安定を目的としています。労働契約法が制定される以前は、個別労働関係紛争が生じた場合には個々の労働関連法や判例によって判断・解決されていましたが、それらは必ずしも予測可能性が高いとは言えないことや労使の認知度が低いこと等の問題があったことから、労働契約における権利義務関係を明確にする法的根拠として制定されたものです。
○労働契約法各章の概要
・第一章(総則):基本ルールを規定
労働契約に関する基本的な理念を定めるものであり、労働契約が労使の対等な立場における合意に基づくものであることを前提に、その解釈・運用に当たっては信義誠実の原則や権利濫用の禁止といった基本原則に従うべきことを明らかにしています。
・第二章(労働契約の成立及び変更):契約の始まりと変更の場面を規定
労働契約の成立および内容の変更に関する基本的枠組みを示すものであり、契約は当事者の合意によって成立・変更されることを原則としつつ、就業規則の役割を踏まえ、一定の場合にはその内容により労働条件が変更され得ることを示しています。
・第三章(労働契約の継続及び終了):働いている間と契約が終了する場面を規定
労働契約の継続中における関係の運用および終了に関する基本的枠組みを定めるものであり、使用者の人事権の行使や契約の終了について、その適法性が客観的合理性や社会通念上の相当性の観点から判断されるべきことを示しています。
・第四章(期間の定めのある労働契約を規定):有期労働契約の取扱いを規定
有期労働契約という類型に着目し、その特性に応じた規律を定めるものであり、契約期間中の関係や契約の更新・終了に関して、労働者の期待や契約の継続性に配慮した取扱いが求められることを示しています。
 
○労働契約法 第一章 総則
労働契約法第一章総則は、第一条(目的)~第五条(労働者の安全への配慮)で構成されています。
労働契約が労働者と使用者の自主的な交渉の下で成立・変更されるという合意の原則その他の労働契約に関する原則を定めています。そして、労働契約の締結当事者である労働者と使用者の定義、また、労働契約の内容の理解の促進、労働者の生命、身体等の安全を確保するための配慮について定められています。
 
○労働契約法の目的
労働契約法は、労働契約に関する民事上の基本的なルールを体系化し、明確に定めた法律です。
そしてその第一条において法の目的を以下のように定めています。
第一条(目的)
この法律は、労働者及び使用者の自主的な交渉の下で、労働契約が合意により成立し、 又は変更されるという合意の原則その他労働契約に関する基本的事項を定めることにより、 合理的な労働条件の決定又は変更が円滑に行われるようにすることを通じて、労働者の保護を図りつつ、個別の労働関係の安定に資することを目的とする。
 
つまり、「労働者の保護」と「個別の労働関係の安定」という目的を「合理的な労働条件の決定又は変更が円滑に行われるようにすること」によって実現し、そのために法律において「合意の原則」と「その他労働契約に関する基本的事項」を定めることとしているということです。
 
○定義
労働契約法の対象である「労働契約」の締結当事者としての「労働者」及び「使用者」 について、その定義を第二条で明らかにしています。
第二条 (定義)
この法律において「労働者」とは、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者をいう。
2 この法律において「使用者」とは、その使用する労働者に対して賃金を支払う者をいう。
労働基準法の第九条、第十条において労働者と使用者が定義されていますが、労契法においても定義しています。
 
○労働契約の原則
労働契約法第三条では、労働契約における基本的な理念と共通の原則が定められています。
「労働契約の5原則」と呼ばれ、労働契約を締結・変更する際の重要な基本となるものです。
第三条 (労働契約の原則)
1 労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。 (対等な立場による合意の原則)
2 労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。 (就業の実態に応じた均衡考慮の原則)
3 労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。 (仕事と生活の調和への配慮の原則)
4 労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、 及び義務を履行しなければならない。 (権利行使・義務履行についての信義・誠実の原則)
5 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。(権利濫用の禁止の原則)
「対等な立場による合意の原則」
契約は当事者の合意によって成立・変更されることが原則です。しかし、労使関係においては交渉力や情報量の違い、つまり現実の力関係の不平等があるため低い労働条件や個人の尊厳を害する合意がなされる恐れがあります。このため、法第3条第1項において、労働契約の締結又は変更に当たっては、当事者である労使の対等な立場における合意によるべきという 「対等な立場による合意の原則」が規定されています。この規定は、労働基準法第二条第一項における「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである。」との規定と同趣旨です。
なお、労働契約法では、第一条(目的)の規定等でもそうであるように、随所にこの合意原則が強調されています。
 
「就業の実態に応じた均衡考慮の原則」
労働契約を締結し又は変更する場合には、差別的取扱いは適当ではなく、就業の実態に応じて、均衡を考慮すべきものとする「就業の実態に応じた均衡考慮の原則」が規定されています。
この労働条件上の差別禁止規定は、労働基準法第三条*1やパートタイム労働法第八条*2等で見受けることができます。
*1:労働基準法第三条(均等待遇)
使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。
*2:パートタイム労働法第八条 (不合理な待遇の禁止)
事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。
 
「仕事と生活の調和への配慮の原則」
仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)は、近年の労働施策の主要な課題となっています。特に生活上の諸事情(出産・育児・介護等)によって継続就労が困難になったり、また、私生活を犠牲にするような働き方が問題となっています。このことから、労働契約を締結し又は変更する場合には、仕事と生活の調和に配慮すべきものとするという「仕事と生活の調和への配慮の原則」が規定されています。
 
「権利行使・義務履行についての信義・誠実の原則」
民法はその第一条第二項(基本原則)で「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。」と規定しています。この民法の規定は、労働契約においても適用されるものであって、当事者が契約を遵守すること、信義に従い誠実に、権利を行使し、 及び義務を履行すべきことが求められています。
この規定は、労働基準法第二条第二項における「労働者及び使用者は、労働協約、就業規則及び労働契約を遵守し、誠実に各々その義務を履行しなければならない。」との規定と同趣旨です。
 
「権利濫用の禁止の原則」
民法はその第一条第三項(基本原則)で「権利の濫用は、これを許さない。」と規定しています。この民法の規定は、労働契約においても適用されますし、また労働関係紛争は権利濫用から派生する例が多いことから、労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならないこと、つまり「権利濫用の禁止の原則」が規定されています。
なお労働契約法では、第3章において、出向、懲戒及び解雇に関する権利濫用を禁止する規定を置いていますが、それ以外の場面においては、法第3条第5項の「権利濫用の禁止の原則」 が適用されるものです。
 
○労働契約の内容の理解の促進
契約内容について労働者が十分理解しないまま労働契約を締結又は変更した場合、後にその契約内容について労働者と使用者との間において認識の齟齬が生じ、これが原因となって個別労働関係紛争が生じることがあります。対等な立場による合意の実現のためには労働条件等の契約内容について労働者が適切な理解をすることが必要であるため、労働契約法はその第四条で「労働契約の内容の理解の促進」を規定しています。
第四条(労働契約の内容の理解の促進)
使用者は、労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容について、労働者の理解を深めるようにするものとする。
2 労働者及び使用者は、労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。)について、できる限り書面により確認するものとする。
 
労働契約の内容である労働条件については、労働基準法第15条第1項が「締結に際し」と、締結時における明示を義務付けていますが、個別労働関係紛争を防止するためには、締結時だけでなく、締結の場面以外においても明示することが必要との観点からより広い場面(締結~変更~継続)での明示を必要としたものです。
労働者の理解を深めるようにするとは、一律に定まるものではありませんが、例えば、労働契約締結時又は労働契約締結後において就業環境や労働条件が大きく変わる場面において、使用者がそれを説明し又は労働者の求めに応じて誠実に回答すること、労働条件等の変更が行われずとも、労働者が就業規則に記載されている労働条件について説明を求めた場合に使用者がその内容を説明すること等が考えられると通達されています。
 
また、労使双方に対して、労働契約の内容について、できる限り書面で確認することについて規定しています。労働契約は諾成契約(当事者の合意のみで成立する契約)ですので、必ずしも書面化を必要としません。しかし、契約内容の明確化や後の紛争の予防・回避、発生時のスムーズな解決のために有効であることから、明確に義務化しているわけではありませんが、できる限りの書面による確認を要請しているものです。
これは、労働基準法第十五条第一項及び労基法施行規則第五条第四項が契約締結時に労働時間や賃金に関する事項等について書面の交付による明示を要求していることを締結時以外の場面にも適用させるという意味で労基法を補完する役割を持つものです。
なお、書面確認事項に「期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。」と特に記載されていますが、これは、期間の定めのある労働契約が締結される際に、期間満了時において、更新の有無や更新の判断基準等があいまいであるために個別労働関係紛争が生じていることが少なくなかったことから、期間の定めのある労働契約について、その内容をできる限り書面により確認することが重要であるとの趣旨から規定されたものです。これに関連して労基法施行規則第五条の労働条件の書面交付明示事項についても「期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項」が追加されています。契約更新の有無や判断基準を明示すべきことを定める「有期労働契約の締結、更新、雇止め等に関する基準を定める告示」を受けたものです。
 
○労働者の安全への配慮
使用者には労働者の生命・身体の安全や心身の健康が阻害されることがないように配慮する義務が課せられています。これを安全配慮義務と言い、労働契約に伴って信義則上当然に使用者が負うものとされていたことから、労働契約法の公布までは法律に規定されていませんでしたが、労働契約法はその第五条においてこの安全配慮義務を明確に規定しています。
第五条(労働者の安全への配慮)
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
安全配慮義務の趣旨及び内容について、通達では次のように説明されています。
  • 趣旨
通常の場合、労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労働に従事するものであることから、判例において、労働契約の内容として具体的に定めずとも、労働契約に伴い信義則上当然に、使用者は、労働者を危険から保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負っているものとされているが、これは、民法等の規定からは明らかになっていないところである。
このため、法第5条において、使用者は当然に安全配慮義務を負うことを規定したものである。
  • 内容
    •  法第5条は、使用者は、労働契約に基づいてその本来の債務として賃金支払義務を負うほか、労働契約に特段の根拠規定がなくとも、労働契約上の付随的義務として当然に安全配慮義務を負うことを規定したものである。
    •  法第5条の「労働契約に伴い」は、労働契約に特段の根拠規定がなくとも、労働契約上の付随的義務として当然に、使用者は安全配慮義務を負うことを明らかにしたものである。
    •  法第5条の「生命、身体等の安全」には、心身の健康も含まれるものである。
    •  法第5条の「必要な配慮」とは、一律に定まるものではなく、使用者に特定の措置を求めるものではないが、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等の具体的な状況に応じて、必要な配慮をすることが求められるものである。
なお、労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)をはじめとする労働安全衛生関係法令においては、事業主の講ずべき具体的な措置が規定されているところであり、これらは当然に遵守されなければならないものである。
上記安全配慮義務の詳細を見ると、労働者の生命、身体等の安全や心身の健康を確保するためには、使用者はあらゆる場面を想定し、多くの対策を講じなければならないものと言えるでしょう。
2026年04月30日 15:43

パワーハラスメントとは?理解は防止対策に繫がります!

○パワーハラスメントとは?
労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(通称:パワハラ防止法)に定義されている。
第三十条の二 事業主は、職場*1において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者*2の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
職場において行われる②③の要素全てを満たすものをパワーハラスメントという。
①「優越的な関係を背景とした」言動 
事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者とされる者(以下「行為者」 という。)に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものを指す。
(例)
・ 職務上の地位が上位の者による言動
・ 同僚又は部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
・ 同僚又は部下からの集団によ る行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの
②「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動
社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、又はその態様が相当でないものを指す。
・ 業務上明らかに必要性のない言動
・ 業務の目的を大きく逸脱した言動
・ 業務を遂行するための手段として不適当な言動
・ 当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動
※当該言動が「業務上必要かつ相当な範囲を超えている」か否かについては、様々な要素*3を総合的に考慮する必要がある。とされていることから、パワハラに該当するか否かの判断が困難なところである。
*3:当該言動の目的、当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況、業種・ 業態、業務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、行為者との関係性等
その他、当該言動により労働者が受ける身体的又は精神的な苦痛の程度等を総合的に考慮して判断することが必要。
③「労働者の就業環境が害される」
当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指す。
※当該言動によって「労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じている」か否かについては、「平均的な労働者の感じ方」、すなわち、同様の状況で 当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とすることが適当である。とされているが、感じ方は人それぞれであるので、これについてもパワハラに該当するか否かの判断を困難にするものである。とはいえ、常識的かつ平衡感覚を以て考慮すればよいものと思われる。
 
上記のように、パワハラに該当するか否かは①②③の要素を満たすことで認定されることから、一部判断が困難であるものもあるが、自身の言動がこれに該当しないか意識して行動することが重要である。
なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しない。
と、厚労省が定めた指針に記述されているので、パワハラに該当することを恐れるあまり殊更に自重しなければならないものとはいえない。
*1:事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指し、当該労働者が通常就業している場所以外の場所であっても、当該労働者が業務を遂行する場所については、「職場」に含まれる。(例)・出張先・業務で使用する車中・取引先との打合せの場所(接待の席含む)
*2:いわゆる正規雇用労働者のみならず、パートタイム労働者、 契約社員等いわゆる非正規雇用労働者を含む、事業主が雇用する労働者の全てをいう。
また、派遣労働者については、派遣元事業主のみならず、労働者派遣の役務の提供を受ける者(派遣先事業主)も、自ら雇用する労働者と同様に、防止措置の対象。
 
○パワーハラスメントの代表的な言動の類型例
イ 身体的な攻撃(暴行・傷害)
㈠該当すると考えられる例
① 殴打、足蹴りを行うこと。
② 相手に物を投げつけること。
㈡該当しないと考えられる例
① 誤ってぶつかること。

ロ 精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)
㈠該当すると考えられる例
① 人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関す る侮辱的な言動を行うことを含む。
② 業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し 行うこと。
③ 他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと。
④ 相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を 含む複数の労働者宛てに送信すること。
㈡該当しないと考えられる例
① 遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意してもそれが改 善されない労働者に対して一定程度強く注意をすること。
②その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して、一定程度強く注意をすること。

ハ 人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
㈠該当すると考えられる例
①自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりすること。
②一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させること
㈡該当しないと考えられる例
① 新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に別室で研修等 の教育を実施すること。
②懲戒規定に基づき処分を受けた労働者に対し、通常の業務に復帰させる ために、その前に、一時的に別室で必要な研修を受けさせること。

ニ 過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
㈠該当すると考えられる例
①長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずること。
②新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。
③労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること。
㈡該当しないと考えられる例
①労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること。
②業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること。

ホ 過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
㈠該当すると考えられる例
①管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせること。
②気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと。
㈡該当しないと考えられる例
①労働者の能力に応じて、一定程度業務内容や業務量を軽減すること。 

ヘ 個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
㈠該当すると考えられる例
① 労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりすること。
② 労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。
㈡該当しないと考えられる例
①労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒアリングを行うこと。
②労働者の了解を得て、当該労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促すこと。
この点、プライバシー保護の観点から、ヘ㈠②のように機微な個人情報を暴露することのないよう、労働者に周知・啓発する等の措置を講じることが必要で ある。

○国の責務
パワハラ防止法
第三十条の三 第一項 国は、労働者の就業環境を害する前条第1項に規定する言動を行つてはならないことその他当該言動に起因する問題(以下この条において「優越的言動問題」という。)に対する事業主その他国民一般の関心と理解を深めるため、広報活動、啓発活動その他の措置を講ずるように努めなければならない。
※国にはパワハラを行ってはならないことや、パワハラが発生した場合にはいろいろな問題を引き起こすことについて広報活動や啓発活動を通じて、事業主や国民一般に関心と理解を促すことが求められる。

○事業主の責務
パワハラ防止法
第三十条の二 第二項 事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
第三十条の三 第二項 事業主は、優越的言動問題に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が他の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる前項の措置に協力するように努めなければならない。
第三十条の三 第三項 事業主(その者が法人である場合にあつては、その役員)は、自らも、優越的言動問題に対する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない。
※事業主にはパワハラに関する雇用管理上の措置をし、その措置に基づいてパワハラに関する相談や相談への対応等した労働者に対して不利益取扱いをしてはならないことや、従業員がパワハラへの関心と理解を深め、他の従業員に対する言動に必要な注意を払うことができるよう研修等を実施し、また事業主自身もパワハラに関する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うことが求められています。
 
○労働者の責務
パワハラ防止法
第三十条の三 第四項 労働者は、優越的言動問題に対する関心と理解を深め、他の労働者に対する言動に必要な注意を払うとともに、事業主の講ずる前条第一項の措置に協力するように努めなければならない。
※従業員にもパワハラへの関心と理解を深めるために事業主から提供された研修等という機会を有効活用し、パワハラに関する関心と理解を深め、他の労働者に対する言動に必要な注意を払うという自身の責務を果たし、事業主の講ずる雇用管理上の措置に協力することが求められています。
2026年03月19日 14:30

子ども・子育て支援金制度、~日本の未来のために~

子ども・子育て支援金制度
○子ども・子育て支援金の徴収が始まります。
2023年4月7日、日本政府は「こども未来戦略会議」を立ち上げ、社会問題となっている少子化や人口減少の進行に歯止めを掛けるための対策の検討を開始しました。
その中で、日本の出生数は2000年代に入ってから急速に減少してきていて、このままだと2030年代には若年人口は現在の倍のスピードで急減すると考えられるため、これからの6~7年が少子化傾向を反転できるかどうかのラストチャンスであり、2030年が少子化対策の分水嶺となるとの認識の下、今後3年間を集中取組期間として「こども・子育て支援加速化プラン」に取り組むこととし、子育て支援の新設・拡充を行うこととしました。「子ども・子育て支援金」は、この子育て支援策の財源を確保するために創設されたもので、令和8年4月分から健康保険料に併せて徴収が開始されます。
 
○子ども・子育て支援金を負担するのは誰か。
子ども・子育て支援金は、独身者、子育て終了者、高齢者を含む総ての世代が負担し、子育てをみんなで支え合う仕組みです。それでは、子育て世代の者は負担しないのか、といえばそうではありません。健康保険料に併せて徴収される仕組みですので、子育て世代の者も負担することになります。ただし、育児休業期間中の企業の従業員については、健康保険料や厚生年金保険料と同様に支援金も免除されます。(自営・フリーランスの育休については後出)
子育て世代者からすれば、自身も負担するのなら支援されていることにならないのでは?と割り切れない思いをする方もおられるでしょうが、負担した分の何倍もの給付があるのですから、仕組みの簡潔性・統一感を保持するという観点からは納得せざるを得ないものと思います。
一方、子育て世代以外の者の割り切れない思いはといえば、国の将来を考えての支え合いに協力するということで納得せざるを得ないということなのでしょう。
なお、企業の従業員(被用者保険加入者)の負担額は、健康保険料や厚生年金保険料と同様に企業と折半負担となりますので個人負担は軽減されます。支援金の負担は個人だけでなく企業も負担する仕組みとなっています。
○子ども・子育て支援金の負担額
支援金の金額については、加入している健康保険によって計算方法が異なるため、一律で記載できませんが、加入制度によって以下のようになります。
  • 被用者保険加入者(企業の従業員)の場合
・支援金額(月額):標準報酬月額×支援金率*
*:国が一律の支援金率を示すこととしていて、令和8年度の支援金率は0.23%
・事業主と折半負担
・令和8年4月分支援金(5月支給給与から控除)から徴収開始
  • 国民健康保険加入者
・支援金額(月額):居住市区町村ごとの計算に則して決定
・令和8年4月分支援金から負担、徴収開始時期は各市区町村が決定
  • 後期高齢者医療制度加入者
・支援金額(月額):居住市区町村ごとの計算に則して決定
・令和8年4月分支援金から負担、徴収開始時期は各後期高齢者医療広域連合が決定
上記のとおり、個々人の金額を記載することは加入する医療保険、世帯、所得の状況等によって異なるためできませんが、こども家庭庁資料によると、全加入者1人当たりの平均月額(見込み)は、令和8年度250円、令和9年度350円、令和10年度450円程度と推計されています。
○子ども・子育て支援金は何に使われるのか。
子ども・子育て支援金は「こども・子育て支援加速化プラン」に盛り込まれた以下の子育て支援策の給付を通じて現役世代に還元されます。つまり、支援策のための給付として使われます。
<子育て支援策>
①児童手当の拡充(R6.10から支給開始)
所得制限撤廃、高校生まで延長、第三子以降3万円

②妊婦10万円給付(R7.4から支給開始)
妊娠・出産時に合計10万円給付

③育児休業手取り10割(R7.4から支給開始)
両親が育休取得した場合に手取り10割相当支給

④育児時短勤務給付(R7.4から支給開始)
育児中に時短勤務をする場合に時短勤務時の賃金の10%を支給

⑤こども誰でも通園制度(R8.4から給付化)
保育所等に通っていないこどもの保護者が月10時間利用可能

⑥国民年金1号被保険者の育休中保険料免除(R8.10から制度開始)
自営業やフリーランスの育児期間中の国民年金保険料免除

なお、徴収した支援金の使途は法律ですべて子育て支援関係に限定されているため、他の用途に使用することはできません。
 
以上、「子ども・子育て支援金制度」は、子育て世代への支援を全世代で行い、少子化や人口減少という国が抱える社会問題の改善を図るために設けられた新しい負担金制度です。
全世代で負担した支援金が、子育て世代に有効に活用されることで、国が抱える問題好転への一助になることを願います。
2026年01月23日 10:40

労働基準法第五条 強制労働の禁止

労働基準法第五条 強制労働の禁止
労働基準法第五条は、「使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。」とし、強制労働を禁止しています。かつては監獄部屋・たこ部屋といった特定の居住設備に労働者を長期間拘禁して自由を奪い、囚人労働に等しいやり方で労働を強いていた例があるようです。しかし、令和の時代にこのような江戸時代の封建制度的なことはないのでは?と思うところですが、近年においても判例の存在等、決して過去のものではないようです。
この条文は、憲法の第十八条の「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。」との定めに則って規定されたもので、通達においても「憲法第十八条は国民の基本的人権として「何人もいかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪による処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服せられない」ことを保障している。
労働基準法第五条はこの趣旨を労働関係について具体化し、労働者の自由の侵害、基本的人権の蹂躙を厳罰をもって禁止し、以て今なお労働関係に残存する封建的悪習を払拭し、労働者の自由意志に基づく労働を保障せんとすることを目的とするものである。」とされています。
○精神又は身体の自由を不当に拘束する手段
精神又は身体の自由を不当に拘束する手段とは、通達によると、精神の作用又は身体の行動を何らかの形で妨げられる状態を生じさせる方法をいう。「不当」とは法の目的に照らしかつ個々の場合において、具体的にその諸条件をも考慮し、社会通念上是認し難い程度の手段の意である。したがって、必ずしも「不法」なもののみに限られず、たとえ合法的であっても、「不当」なものとなることがある。
例示として、賃金との相殺を伴わない前借金が周囲の具体的事情によって労働者に明示のあるいは黙示の威圧を及ぼす場合が挙げられ、その手段について、それ自体としては、労働者が主観的にその精神又は身体の自由を失うかどうかにかかわらず、客観的に見て通常人がその自由を失う程度であれば足りるものとし、またこの手段を用いることによって使用者が労働者の意思に反して、労働することを強制し得る程度であることが必要であるとしています。
  • 暴行とは?
「暴行」とは、刑法第二百八条に規定する暴行であり、労働者の身体に対し不法な自然力を行使することをいい、殴る、蹴る、水を掛ける等は総て暴行であり、通常傷害を伴いやすいが、必ずしもその必要はなく、また、身体に疼痛を与えることも要しない。と通達されています。
  • 脅迫とは?
「脅迫」とは、刑法第二百二十二条に規定する脅迫であり、労働者に恐怖心を生じさせる目的で本人又は本人の家族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対して、脅迫者自ら又は第三者の手によって害を加えるべきことを通告することをいうが、必ずしも積極的言動によって示す必要なく暗示する程度でも足りる。と通達されています。
  • 監禁とは
「監禁」とは、刑法第二百二十条に規定する監禁であり、一定の区画された場所から脱出できない状況に置くことによって、労働者の身体の自由を拘束することをいい、必ずしも物質的障害を以て手段とする必要はない。暴行、脅迫、欺罔などにより労働者を一定の場所に伴い来り、その身体を抑留し、後難を畏れて逃走できないようにすることはその例である。と通達されています。
  • その他の手段
「暴行」「脅迫」「監禁」以外の手段で「精神又は身体の自由を不当に拘束する手段」として通達は、長期労働契約、労働契約不履行に関する賠償額予定契約、前借金契約、強制預金を挙げていますが、それらは労働基準法においてそれぞれ第十四条「契約期間等」第十六条「賠償予定の禁止」第十七条「前借金相殺の禁止」第十八条「強制預金」の規定において強制労働と密接に関連するものとして禁止されています。また労働契約に基づく場合であっても、労務の提供を要求するに当たって、「精神又は身体の自由を不当に拘束する手段」を用いて労働を強制した場合には第五条違反となることはいうまでもなく、要はその手段が正当であるか不当であるかによって決定されることになるとしています。
ただし、就業規則に社会通念上認められる懲戒罰を規定する場合は不当には該当しないものとしています。
・第十四条「契約期間等」
第十四条 労働契約は、期間の定めのないものを除き、一定の事業の完了に必要な期間を定めるもののほかは、三年(次の各号のいずれかに該当する労働契約にあっては、五年)を超える期間について締結してはならない。
一 専門的な知識、技術又は経験(以下この号及び第四十一条の二第一項第一号において「専門的知識等」という。)であつて高度のものとして厚生労働大臣が定める基準に該当する専門的知識等を有する労働者(当該高度の専門的知識等を必要とする業務に就く者に限る。)との間に締結される労働契約
二 満六十歳以上の労働者との間に締結される労働契約(前号に掲げる労働契約を除く。)
長期労働契約は、労働者の意思に関係なく、労働者を長い期間不当に拘束することになる可能性があるため、「強制労働の禁止」に抵触するおそれがあります。
 
・第十六条「賠償予定の禁止」
第十六条 使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。
損害賠償額を予定する契約は、労働者が違約金や損害賠償額を支払わなくて済むようにするために、一定期間拘束されることになる可能性があるため、「強制労働の禁止」に抵触するおそれがあります。
・第十七条「前借金相殺の禁止」
第十七条 使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。
前借金契約は、労働者が使用者からの借入金を完済するためにその意思に反して働かなければならず、不当に拘束される可能性があるため、「強制労働の禁止」に抵触するおそれがあります。
・第十八条「強制預金」
第十八条 使用者は、労働契約に附随して貯蓄の契約をさせ、又は貯蓄金を管理する契約をしてはならない。
貯蓄金管理の労使協定を締結する場合を除いて、労働者に強制的に貯蓄させたり、また貯蓄金を管理する契約は、労働者自身の金銭を質にとられていることになり、万が一の時に払い戻しが受けられなくなる恐れがあり、労働者を不当に拘束することになる可能性があるため、「強制労働の禁止」に抵触するおそれがあります。
○意思に反する労働の強制
「労働者の意思に反して労働を強制する」とは、不当なる手段を用いることによって、使用者が労働者の意識ある意思を抑圧し、その自由な発現を妨げ以て労働すべく強要することをいう。従って必ずしも労働者が現実に「労働」することを必要としない。例えば労働契約を締結するに当たり「精神又は身体の自由を不当に拘束する手段」が用いられ、それが意識ある意思を抑圧し労働することを強要したものであれば、これに該当する。と通達されています。
つまり、労働を強制したというためには「必ずしも労働者が現実に労働することを必要とするものではなく、労働契約締結に当たり「精神又は身体の自由を不当に拘束する手段」が用いられ、それが意識ある意思を抑圧し労働することを強要したものであれば労働を強制したことになるということです。
これに反し、詐欺の手段が用いられても、それは、通常労働者は無意識の状態にあって意識を抑圧されるものではないから、必ずしもそれ自体としてはこれに該当しない。
と通達されていています。
つまり、意思に反して労働を強制することが禁止されているのですから、詐欺の手段が用いられた場合には、労働者はその意思を抑圧されているものではなく、欺されて気づいていないということですからこれに該当するとはいえないということです。
○罰則
第百十七条 第五条の規定に違反した者は、これを一年以上十年以下の懲役又は二十万円以上三百万円以下の罰金に処する。
労基法第五条に違反した場合、1年以上10年以下の懲役又は20万円以上300万円以下の罰金の規定が設けられています。
この罰則は、労基法の罰則規定の中で最も重いものであることから、憲法の趣旨に則った第五条を重視し、また強制労働は重罪であるとしていることが窺えます。
 
2025年12月25日 14:07

労働基準法で保護される「労働者」とは?

労働基準法における「労働者」とは
労働基準法は、労働条件に関する最低条件を定めることで、使用者による不当な搾取を防ぎ、労働者の生活を保障するとともに、使用者に対して弱い立場にある労働者の権利の保護を目的とした法律です。
この目的を達成するために労働基準法は各種の規定を定め、その規定が適用される保護対象となる「労働者」について、第九条*1で定義しています。
*1:第九条 この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事業所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。
条文によれば、保護の対象である「労働者」を「使用される者で、賃金を支払われる者」と定義しています。つまり、「労働者」であるか否かによって保護の対象になるか否かが決まるため、この「労働者」の定義は労基法にとって大変重要な事項なのです。
この定義に基づいて、労働基準法の「労働者」に当たるか否か、いわゆる「労働者性」は、㈠労働が他人の指揮監督下において行われているかどうか。すなわち、他人に従属して労務を提供しているかどうか、㈡報酬が、「指揮監督下における労働」の対償として支払われているかどうかの二点(使用従属性)で判断されることとしています。
しかし、実際には指揮監督の程度及び態様の多様性、報酬の性格の不明確さ等から、「指揮監督下の労働であるか」、指揮監督下の労働の対償として「賃金支払」が行われているかということが明確性を欠き、判断が困難な場合があり、その場合、労働者性の判断に当たっては、契約の内容、労務提供の形態、報酬の労務対償性その他の要素から、総合判断することが必要とされています。
そこで、その総合判断の基準を明確にするために、「労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)」において、以下のように整理されています。
この判断基準は、昭和60年12月19日に示されたものですが、40年経った今日においても労働基準法の「労働者」の判断の具体的基準として用いられているものです。
○労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)
労働基準法研究会報告は、「使用従属性」すなわち前記㈠㈡の存在を判断するに当たって、㈠の存在については①「指揮監督下の労働」に関する判断基準、㈡の存在については②報酬の労務対償性に関する判断基準に照らして判断することとしています。つまり「労働者性」の有無を構成する「使用従属性」の判断は①「指揮監督下の労働」に関する判断基準と②報酬の労務対償性に関する判断基準によって行われるということです。
以下にそれぞれの判断基準の詳細について記載します。
◇労働者性の有無を構成する要素
1.「使用従属性」に関する判断基準
①「指揮監督下の労働」に関する判断基準
イ.仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無
「使用者」の具体的な仕事の依頼、業務従事の指示等に対して諾否の自由を有していれば、指揮監督関係を否定する重要な要素となる。これに対して、これを拒否する自由を有しない場合は、一応、指揮監督関係を推認させる重要な要素となるが、当事者間の契約によってはそうではない場合もあるため、その場合でもその事実関係だけではなく、契約内容等も勘案する必要がある。
ロ.業務遂行上の指揮監督の有無
㋑業務内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無
業務の内容及び遂行方法について「使用者」の具体的な指揮命令を受けていることは、指揮監督関係の基本的かつ重要な要素である。しかしながら、指揮命令の程度が問題であり、通常注文者が行う程度の指示等に止まる場合には、指揮監督を受けているとは言えない。
㋺その他
「使用者」の命令、依頼等により通常予定されている業務以外の業務に従事することがある場合には、「使用者」の一般的な指揮監督を受けているとの判断を補強する重要な要素となる。
ハ.拘束性の有無
勤務場所及び勤務時間が指定され、管理されていることは、一般的には、指揮監督関係の基本的な要素である。しかし、業務の性質や安全を確保する必要上等から必然的に勤務場所及び勤務時間が指定される場合があるため、この指定が業務の性質等によるものか、業務の遂行を指揮命令する必要によるものかを見極める必要がある。
ニ.代替性の有無(指揮監督関係の判断を補強する要素)
本人に代わって他の者が労務を提供することが認められているか否か、また、本人が自らの判断によって補助者を使うことが認められているか否か等、指揮監督関係そのものに関する基本的な判断基準ではないものの、労務提供に代替性が認められている場合には、指揮監督関係を否定する要素(指揮監督関係の判断を補強する要素)のひとつとなる。
②報酬の労務対償性に関する判断基準
労働基準法研究会報告は、報酬の労務対償性に関する判断基準について以下のように記載しています。
「労働基準法第11条は、「賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。」と規定している。すなわち、使用者が労働者に対して支払うものであって、労働の対償であれば、名称の如何を問わず「賃金」である。この場合の「労働の対償」とは、結局において「労働者が使用者の指揮監督の下で行う労働に対して支払うもの」と言うべきものであるから、報酬が「賃金」であるか否かによって逆に「使用従属性」を判断することはできない。」
つまり、賃金か否かは使用従属性を判断した後に決まるものであるので、報酬が支払われていることを以て、賃金と推定して使用従属性を判断してはならないということです。
ただし、「・報酬が時間給を基礎として計算される等労働の結果による較差が少ない、・欠勤した場合には応分の報酬が控除され・いわゆる残業をした場合には通常の報酬とは別の手当が支給される等報酬の性格が使用者の指揮監督の下に一定時間労務を提供していることに対する対価と判断される場合には、「使用従属性」を補強することとなる。」
と報酬に関する使用従属性判断の補強要素を示しています。
2.「労働者性」の判断を補強する要素
上記の判断基準によっても使用従属性の判断が困難な場合の労働者性の補強要素として研究会報告は以下の要素を挙げ、判定はこれらの要素を含めた総合判断とすべきとしています。
  • 事業者性の有無
通常労働者は機械、器具、原材料等の生産手段を有しないが、例えば傭車運転手のように、相当高額なトラック等を所有して労務を提供する例があり、このような場合は上記1.「使用従属性」に関する判断基準のみをもって「労働者性」を判断することは適当でないことから、その者の以下のような「事業者性」の有無を併せて総合判断することが必要である。
  1. 機械、器具の負担関係
本人が所有する機械、器具が著しく高価な場合には自らの計算と危険負担に基づいて事業経営を行う「事業者」としての性格が強く、「労働者性」を弱める要素となる。
  1. 報酬の額
報酬の額が当該企業において同様の業務に従事している正規従業員に比して著しく高額である場合には、当該報酬は、労務提供に対する賃金ではなく、自らの計算と危険負担に基づいて事業経営を行う「事業者」に対する代金の支払と認められ、その結果、「労働者性」を弱める要素となる。
  1. その他
裁判例においては、業務遂行上の損害に対する責任を負う、独自の商号使用が認められている等の点を「事業者」としての性格を補強する要素(労働者性を弱める要素)としているものがある。
  • 専属性の程度
企業に対する専属性の有無は、直接に「使用従属性」の有無を左右するものではなく、特に専属性がないことをもって労働者性を弱めることとはならないが、「労働者性」の有無に関する判断を補強する要素のひとつとなる。
  1. 他社の業務に従事することが制度上制約され、また、時間的余裕がなく事実上困難である場合には、専属性の程度が高く、いわゆる経済的に当該企業に従属していると考えられ、「労働者性」を補強する要素のひとつとなる。
  2. 報酬に固定給部分がある、業務の配分等により事実上固定給となっている、その額も生計を維持しうる程度のものである等報酬に生活保障的な要素が強いと認められる場合には、「労働者性」を補強するものなる。
  • その他
裁判例においては、①採用、委託等の際の選考過程が正規従業員の採用の場合とほとんど同様であること、②報酬について給与所得としての源泉徴収を行っていること、③労働保険の適用対象としていること、④服務規律を適用していること、⑤退職金制度、福利厚生を適用していること等「使用者」がその者を自らの労働者と認識していると推認される点を、「労働者性」を肯定する判断の補強事由とするものがある。

労働基準法研究会報告においては、提示した判断基準を用いて具体的事例を挙げて、労働者性の判断を行っています。参考にしてください。
(事例1)傭車運転手A
1 事業等の概要
 ⑴ 事業の内容
建築用コンクリートブロックの製造及び販売
 ⑵ 傭車運転手の業務の種類、内容
自己所有のトラック(4トン及び11トン車、1人1車)による製品(コンクリ ートブロック)の運送
2 当該傭車運転手の契約内容及び就業の実態
⑴ 契約関係
書面契約はなく、口頭により、製品を県外の得意先に運送することを約したもので、その報酬(運賃)は製品の種類、行先及び箇数により定めている。
⑵ 業務従事の諾否の自由
会社は配車表を作成し、配車伝票によって業務を処理しており、一般的にはこれに従って運送していたが、時にこれを拒否するケース(特段の不利益取扱いはない。)もあり、基本的には傭車運転手の自由意思が認められている。
⑶ 指揮命令
運送業務の方法等に関して具体的な指揮命令はなく、業務遂行に当たって補助者を使用すること等も傭車運転手の自由な判断にまかされ、時に上記⑵の配車伝票に納入時刻の指定がされる程度で傭車運転手自身に業務遂行についての裁量が広く認められている。
⑷ 就業時間の拘束性
通常、傭車運転手は午後会社で積荷して自宅に帰り、翌日、自宅から運送先に直行しており、出勤時刻等の定め、日又は週当たりの就業時間等の定めはない。
⑸ 報酬の性格
報酬は運賃のみで、運賃には車両維持費、ガソリン代、保険料等の経費と運転業務の報酬が含まれていたと考えられるが、その区分は明確にされていない。
⑹ 報酬の額
報酬の額は月額約40万円と社内運転手の17~18万円に比してかなり高い。
⑺ 専属性
契約上他社への就業禁止は定めておらず、現に他の傭車運転手2名程度は他社の運送にも従事している。
⑻ 社会保険、税金等
社会保険、雇用保険等には加入せず(各人は国民健康保険に加入)、また報酬については給与所得としての源泉徴収が行われず、傭車運転手本人が事業所得として申告している。
3 「労働者性」の判断
⑴「使用従属性」について
①仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由があること、②業務遂行についての裁量が広く認められており、他人から業務遂行上の指揮監督を受けているとは認められないこと、③勤務時間が指定、管理されていないこと、④自らの判断で補助者を使うことが認められており、労務提供の代替性が認められていること、から使用従属性はないものと考えられ、⑤報酬が出来高払いであって、 労働対償性が希薄であることは、当該判断を補強する要素である。
⑵ 「労働者性」の判断を補強する要素について ①高価なトラックを自ら所有していること、②報酬の額は同社の社内運転手に比してかなり高いこと、③他社への就業が禁止されておらず、専属性が希薄であること、④社会保険の加入、税金の面で同社の労働者として取り扱われていなかったことは「労働者性」を弱める要素である。
⑶ 結論 本事例の傭車運転手は、労働基準法第9条の「労働者」ではないと考えられる。
 
(事例2)傭車運転手B
1 事業等の概要
⑴ 事業の内容
主として公共土木工事の設計、施工
⑵ 傭車運転手の業務の種類、内容
会社施工の工事現場において土砂の運搬の業務に従事するいわゆる白ナンバーのダンプ運転手
2 当該傭車運転手の契約内容及び就業の実態
⑴ 傭車運転手は、積載量10トンのダンプカー1台を所有し、会社と契約して会社施工の工事現場で土砂運搬を行っている。契約書は作成しておらず、専属として土砂運搬を行うもので、本人が自己の意思で他社の建設現場ヘダンプ持ちで働きに行くことは暗黙のうちに会社を退社するに等しいものと考えられている。
 ⑵ ダンプを稼働した場合の報酬は1日につき35,000円であり、その請求は本人が毎月末に締め切って計算のうえ会社に対し行っている。会社は、この請求に基づいて稼働日数をチェックし、本人の銀行口座へ翌月10日に振り込んでいるが、 この報酬については、給与所得としての源泉徴収をせず、傭車運転手本人が事業所得として青色申告をしている。
 ⑶ 稼働時間は、午前8時から午後5時までとなっているが、ダンプによる土砂運搬がない場合は、現場作業員として就労することもできる。この場合には、賃金として1日につき5,500円が支払われる。したがって、本人は土砂運搬作業の有無にかかわらず、始業時間までに現場に出勤しており、現場では、いずれの場合にも現場責任者の指示を受け、出面表にはそれぞれの時間数が記録されている。 現場作業員として就労した場合の賃金は、一般労働者と同様、月末締切りで翌月 5 日に現金で支払われ、この分については、給与所得としての源泉徴収がされている。
⑷ ダンプの所有は傭車運転手本人となっており、ローン返済費(月15万円)、燃料費(月20日稼働で15~16万円)、修理費、自動車税等は本人負担となっている。
⑸ 社会保険、雇用保険には加入していない。
3 「労働者性」の判断
⑴ 「使用従属性」について
①業務遂行について現場責任者の指示を受けていること、②土砂運搬がない場合は、現場責任者の指示を受け現場作業員として就労することがあること、③勤務時間は午前8時から午後5時までと指定され、実際の労働時間数が現場において出面表により記録されていること、に加え、④土砂運搬の報酬は下記⑵でみるようにかなり高額ではあるが、出来高ではなく日額で計算されていることから、 「使用従属性」があるものと考えられる。
⑵ 「労働者性」の判断を補強する要素について
①高価なトラックを自ら所有していること、②報酬の額は月20日稼働で70万 円(ローン返済費及び燃料費を差し引くと約40万円)であって、その他の事情を考慮してもかなり高額であること、③社会保険の加入、税金の面で同社の労働者として取り扱われていないことは「労働者性」を弱める要素ではあるが、上記 ⑴による「使用従属性」の判断を覆すものではない。
⑶ 結論
本事例の傭車運転手は、労働基準法第9条の「労働者」であると考えられる。
 
(事例3)在宅勤務者A
1 事業等の概要
⑴ 事業の内容
ソフトウエアの開発、計算業務の受託、電算室の総括的管理運営
⑵ 在宅勤務者の業務の種類、内容
会社よりミニフアックスで伝送される仕様書等に基づき、プログラムの設計、コーデイング、机上でのデバッグを行う。
2 在宅勤務者の契約内容及び就業の実態
⑴ 契約関係
期間の定めのない雇用契約により、正社員として採用している。
⑵ 業務の諾否の自由
会社から指示された業務を拒否することは、病気等特別な理由がない限り、認められていない。
⑶ 指揮命令
業務内容は仕様書等に従ってプログラムの設計等を行うことであり、定形化しており、通常、細かな指示等は必要ない。なお、10日に1回出社の義務があり、 その際、細かい打合せ等をすることもある。
⑷ 就業時間の拘束性
勤務時間は、一般従業員と同じく午前9時から午後5時(休憩1時間)と決められており、労働時間の管理、計算は本人に委ねている。
⑸ 報酬の性格及び額
報酬は、一般従業員と同じく月給制(固定給)である。
⑹ 専属性
正社員であるので、他社への就業は禁止されている。
⑺ 機械、器具の負担
末端機器及び電話代は、会社が全額負担している。
3 「労働者性」の判断
⑴ 「使用従属性」について
①業務の具体的内容について、仕様書等により業務の性質上必要な指示がなされていること、②労働時間の管理は、本人に委ねられているが、勤務時間が定められていること、③会社から指示された業務を拒否することはできないこと、に加えて、④報酬が固定給の月給であることから、「使用従属性」があるものと考えられる。
⑵ 「労働者性」の判断を補強する要素について
①業務の遂行に必要な末端機器及び電話代が会社負担であること、②報酬の額が他の一般従業員と同等であること、③正社員として他社の業務に従事することが禁止されていること、④採用過程、税金の取扱い、労働保険の適用等についても一般従業員と同じ取扱いであることは、「労働者性」を補強する要素である。
⑶ 結論
本事例の在宅勤務者は、労働基準法第9条の「労働者」であると考えられる。
 
(事例4)在宅勤務者B
1 事業等の概要
⑴ 事業の内容
速記、文書処理
⑵ 在宅勤務者の業務の種類、内容
元正社員であった速記者が、会議録等を録音したテープを自宅に持ち帰り、ワープロに入力する。
2 在宅勤務者の契約内容及び就業の実態
⑴ 契約関係
「委託契約」により、納期まで1週間~1か月程度の余裕のある仕事を委託しており、納期の追っているものは正社員にやらせている。
⑵ 業務の諾否の自由
電話により又は出社時に、できるかどうかを確認して委託している。
⑶ 指揮命令
業務の内容が定形化しており、個々具体的に指示することは必要なく、週1回 程度の出社時及び電話により進捗状況を確認している。
⑷ 就業時間の拘束性
勤務時間の定めはなく、1日何時間位仕事ができるかを本人に聴き、委託する量を決める。
⑸ 報酬の性格及び額
在宅勤務者個々人についてテープ1時間当たりの単価を決めており、テープの 時間数に応じた出来高制としている。
⑹ 機械、器具の負担
会社がワープロを無償で貸与している。
⑺ その他
給与所得としての源泉徴収、労働保険への加入はしていない。
3 「労働者性」の判断
⑴ 「使用従属性」について
①会社からの委託を断ることもあること、②勤務時間の定めはなく、本人の希望により委託する量を決めていること、③報酬は、本人の能力により単価を定める出来高制であること、④業務の具体的内容、その遂行方法等について特段の指示がないことから、「使用従属性」はないものと考えられる。
⑵ 「労働者性」の判断を補強する要素について
業務の遂行に必要なワープロは会社が負担しているが、他に「労働者性」を補強する要素はない。
⑶ 結論
本事例の在宅勤務者は、労働基準法第9条の「労働者」ではないと考えられる。
 
以上、労働基準法研究会報告は、4事例を挙げて労働者性の判断をして見せています。記述内容を順に読んでいくと、その論理展開に納得してしまいますが、それは研究会の委員はそれぞれ高度な知識と経験を有するが故に論理的な判断ができるのだと思います。新たに労働者性を判断しなければならない場面が発生した場合においては、既述の基準に基づいて考慮するものであるということを基礎知識として持っておき、行政官庁に相談しつつ行う必要があり、独自で判断を行うことには困難が伴うものと思われます。
 
○令和7年1月8日労働基準関係法制研究会報告書
これまで昭和60年12月19日労働基準法研究会報告において提示されている「労働者」の判断基準について記載してきました。この報告については、冒頭にも記載したとおり公表から40年が経過しており、現在までの間の働き方の変化や多様化に対応しきれない部分が生じていることから、労働基準関係法制研究会報告書が令和7年1月8日に公表されています。
この報告書によると、昭和60年からの40年間に産業構造の変化、働き方の多様化、デジタル技術の急速な発展、またサービス産業の拡大による産業構造の変化により多種多様な働き方が増えることで、労働者性の境界に位置するような働き方もまた増加してきたし、新型コロナウイルス感染症のまん延を契機にテレワークが幅広く定着し、 場所にとらわれない働き方の拡大といった変化が起こり、労働者性判断のわかりにくさが増大し、予見可能性が低下しているとの記述がされています。
また、こうした状況の中において、新しい働き方への対応や、実態として「労働者」である者に対し労働基準法を確実に適用する観点から、労働者性判断の予見可能性を高めていくことが求められている。とし、さらに、現行の労働基準法第9条の規定の下で、具体的な労働者性判断が適正に、予見可能性を高めた形で行われるために、どのような対応が必要か検討するべきである。
としていることから、従来の労働者性の判断基準の改定を行う計画があることを窺うことができます。
2025年12月18日 14:20

労働基準法第三十七条 割増賃金の解説

労働基準法第三十七条 時間外、休日及び深夜の割増賃金
労働基準法第三十七条は、時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する使用者への割増賃金の支払い義務を規定しています。時間外労働や休日労働に対する割増賃金の支払いは、通常の勤務時間とは違うこれらの特別の労働に対する労働者への補償を行うとともに、使用者に対し、経済的負担を課すことによってこれらの労働を抑制することで、法定労働時間制又は週休制の原則を維持するためのものであり、深夜労働の割増賃金の支払いは、労働時間の位置が深夜という時刻にあることに基づき、その労働の強度等に対する労働者への補償とされています。
割増率については、法条文においては「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率」とされていますが、具体的な率は、「労基法第三十三条(災害等による臨時の必要がある場合の時間外労働等)又は第三十六条第一項(時間外及び休日の労働)の規定により延長した労働時間の労働については二割五分とし、これらの規定により労働させた休日の労働については三割五分とする。」と政令によって示され、深夜時間の労働については、「通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率」と法第三十七条第四項において規定されています。
なお、平成二十年の改正で法第三十七条第一項ただし書において、長時間労働を抑制し、労働者の健康を確保して仕事と生活の調和の実現のために1か月60時間を超える時間外労働の割増賃金率について、「通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率」と規定されました。この場合において、割増分の休暇(代替休暇)の付与で割増賃金の支払いに代えることができるとの規定が追加されています。
○割増賃金を支払わなければならない場合
㈠時間外労働
二割五分以上の割増賃金を支払わなければならない時間外労働とは、①災害その他避けることのできない事由によって臨時の必要があり、行政官庁の許可を得た場合(労基法33条第一項)、②公務のために臨時の必要がある場合(労基法33条第三項)、又は③三六協定を締結して行政官庁に届出た場合(労基法36条第一項)のいずれかにおいて、法定労働時間(労基法32条~32条の5、40条)を超えた時間の労働のことです。したがって、就業規則その他に定めがある場合を除いて所定労働時間を超え、法定労働時間内の法内残業に対しては割増賃金を支払う義務はありません。
割増賃金の割増率について労基法では、「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。」と政令に委ねています。そして政令においては、「労働基準法第三十七条第一項の政令で定める率は、同法第三十三条又は第三十六条第一項の規定により延長した労働時間の労働については二割五分とし、これらの規定により労働させた休日の労働については三割五分とする。」と規定されています。したがって、時間外労働に対する割増率は二割五分以上ということになっています。
なお、時間外労働が深夜に及ぶ場合は、割増賃金率が重複(二割五分+二割五分)するものとして「五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない」と施行規則第二十条第一項に規定されています。
㈡休日労働
休日労働とは、労基法第三十五条規定の法定休日(一週間に一回又は四週間に四日)に労働することです。したがって多くの企業が採用している週休二日制においては、就業規則その他に定めがある場合を除いて休日のうちいずれか一方が休日の割増賃金の対象となり、他方には支払い義務はありません。
ただし、他方の休日が属する週において四十時間を超えると時間外労働となり時間外労働の割増賃金の支払い対象です。
休日労働の割増率については、前記政令より三割五分以上とされています。
なお、法定休日労働が深夜時間帯に及ぶ場合は、割増賃金率が重複(三割五分+二割五分)するものとして「六割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない」と施行規則第二十条第二項に規定されています。ただし、法定休日に時間外労働を行った場合であっても、割増賃金率の重複とはならず三割五分以上のままです。
 
㈢六十時間超の時間外労働
労働基準法第三十七条ではそのただし書において、一箇月について六十時間を超えて時間外労働をさせた場合には、その超えた時間の労働について、法定割増賃金率を二割五分以上から五割以上の率に引上げることが規定されています。
これは、少子高齢化が進行し労働力人口が減少する中で、子育て世代の男性を中心に、長時間にわたり労働する労働者の割合が高い水準で推移していることを背景として、割増賃金による使用者の経済的負担を加重することによって特に長い時間外労働を強く抑制するために設けられたものです。
また、労働基準法はその第三十七条第三項において、一箇月について六十時間を超える時間外労働をさせた労働者の健康を確保する観点から、労使協定により法定割増賃金率の引き上げ分の割増賃金の支払いに代えて、有給の休暇を与えることができるとした代替休暇の制度を規定しています。これによって、特に長い時間外労働をさせた労働者に休息の機会を与えることができることとされましたが、個々の労働者に対して代替休暇の取得を義務づけるものではなく、労使協定が締結されている事業場において、個々の労働者が実際に代替休暇を取得するか否かは、労働者の意思によるものとされています。
なお、一箇月について六十時間を超えて時間外労働をさせた時間が深夜時間帯に及ぶ場合は、割増賃金率が重複(五割+二割五分)するものとして「七割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない」と施行規則第二十条第一項に規定されています。
 
㈣深夜労働
深夜労働とは、午後10時から午前5時まで(厚労大臣の指定で11時~6時)の時間帯に労働することです。使用者がその時間帯に労働させた場合には、その時間帯の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならないことが労基法第三十七条第四項に定められています。
変形労働時間制やフレックスタイム制でも、深夜に労働が及べば支払いの対象です。また、労基法第四十一条(労働時間に関する規定の適用除外)に該当する場合は、時間外・休日労働に対する割増賃金を支払わなくてもよいのですが、深夜労働に対する割増賃金は支払わなければなりません。
○割増賃金の計算方法と算定基礎
㈠割増賃金の計算方法と算定基礎
割増賃金は「通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額」*1を基礎に計算されます。
*1:労働基準法施行規則第十九条
第十九条 法第三十七条第一項の規定による通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額は、次の各号の金額に法第三十三条若しくは法第三十六条第一項の規定によって延長した労働時間数若しくは休日の労働時間数又は午後十時から午前五時(厚生労働大臣が必要であると認める場合には、その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時)までの労働時間数を乗じた金額とする。
①一 時間によって定められた賃金については、その金額
 二 日によって定められた賃金については、その金額を一日の所定労働時間数(日によって所定労働時間数が異る場合には、一週間における一日平均所定労働時間数)で除した金額
 三 週によって定められた賃金については、その金額を週における所定労働時間数(週によって所定労働時間数が異る場合には、四週間における一週平均所定労働時間数)で除した金額
 四 月によって定められた賃金については、その金額を月における所定労働時間数(月によって所定労働時間数が異る場合には、一年間における一月平均所定労働時間数)で除した金額
 五 月、週以外の一定の期間によって定められた賃金については、前各号に準じて算定した金額
 六 出来高払制その他の請負制によって定められた賃金については、その賃金算定期間(賃金締切日がある場合には、賃金締切期間、以下同じ)において出来高払制その他の請負制によって計算された賃金の総額を当該賃金算定期間における、総労働時間数で除した金額
 七 労働者の受ける賃金が前各号の二以上の賃金よりなる場合には、その部分について各号によってそれぞれ算定した金額の合計額
② 休日手当その他前項各号に含まれない賃金は、前項の計算においては、これを月によって定められた賃金とみなす。
つまり、割増賃金は「施行規則第十九条第一項各号に規定された金額」×「時間外労働時間数、休日労働時間数、深夜労働時間数」×割増率で計算されます。
ここで、「通常の労働時間又は労働日の賃金」とは、割増賃金を支払うべき労働(時間外・休日・深夜の労働)が深夜でない所定労働時間中に行われた場合に支払われる賃金をいいます。
通達に例示がありますので、紹介します。
「通常の労働時間又は労働日の賃金」とは、
割増賃金を支払うべき労働(時間外、休日又は深夜の労働)が
深夜でない所定労働時間中に行われた場合に支払われる賃金である。
例えば、
所定労働時間中に甲作業に従事し、
時間外に乙作業に従事したような場合には、
その時間外労働についての「通常の労働時間又は労働日の賃金」とは、
乙作業について定められている賃金である。
したがって、
割増賃金を支払うべき時間にいわゆる特殊作業に従事した場合において、
特殊作業についていわゆる特殊作業手当が加給される定めになっているときは、
その特殊作業手当は、当然「通常の労働時間又は労働日の賃金」に含まれる。
㈡算定基礎から除外される賃金
割増賃金の算定基礎から除外されるのは、労基法第三十七条第五項において、「家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金*2」とされています。
*2:労働基準法施行規則第二十一条
第二十一条 法第三十七条第五項の規定によって、家族手当及び通勤手当のほか、次に掲げる賃金は、同条第一項及び第四項の割増賃金の基礎となる賃金には算入しない。
一 別居手当
二 子女教育手当
三 住宅手当
四 臨時に支払われた賃金
五 一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金
家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当および住宅手当は、労働と直接的な関係が薄く個人的事情に基づいて支給されている賃金であり、臨時に支払われた賃金及び一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金は計算技術上の困難があるために除外することとされています。またこれらの手当は例示ではなく限定的に列挙されているものですので、これらの手当に該当しない「通常の労働時間又は労働日の賃金」はすべて参入しなければならないとされています。なお、これら除外される手当は「名称にかかわらず実質によって取り扱うこと*3」と通達されています。
*3:例)家族手当に関して、扶養家族の有無、家族の人数に関係なく一律に支給するもの(扶養家族の人数に関係なく、一律2万円を支給するような場合)
    通勤手当に関して、通勤に要した費用や通勤距離に関係なく一律に支給するもの(通勤に要した費用や通勤距離に関係なく1日500円を支給するような場合)
    住宅手当に関して、住宅の形態ごとに一律に定額で支給するもの      (賃貸住宅居住者には3万円、持家居住者には2万円を支給するような場合)
は、同名称を称していても実質として労基法のいう手当に該当しないため、除外できず、割増賃金の基礎に参入しなければなりません。
○六十時間超の時間外労働に対する代替休暇
先に一箇月に六十時間を超えて時間外労働をさせた場合の割増率の引き上げについて記載しました。この引上げ分については金銭での支払いが通常なのですが、所定の事
項*4を定めた労使協定を締結すれば代替休暇の付与に代えることが可能とされています。
*4:労働基準法施行規則第十九条の二第一項
第十九条の二 使用者は、法第三十七条第三項の協定(労使委員会の決議、労働時間等設定改善委員会の決議及び労働時間等設定改善法第七条の二に規定する労働時間等設定改善企業委員会の決議を含む。)をする場合には、次に掲げる事項について、協定しなければならない。
一 法第三十七条第三項の休暇(以下「代替休暇」という。)として与えることができる時間の時間数の算定方法
二 代替休暇の単位(一日又は半日(代替休暇以外の通常の労働時間の賃金が支払われる休暇と合わせて与えることができる旨を定めた場合においては、当該休暇と合わせた一日又は半日を含む。)とする。)
三 代替休暇を与えることができる期間(法第三十三条又は法第三十六条第一項の規定によつて延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた当該一箇月の末日の翌日から二箇月以内とする。)
なお、この労使協定については行政官庁に届出る必要はありません。
㈠代替休暇として与えることができる時間の時間数の算定方法時間数の算定方法は労基則第十九条の二第二項において、以下の算式で算定することとされています。
「時間数」=(一箇月の時間外労働時間数―六十時間)×換算率*
*:換算率=「労働者が代替休暇を取得しなかった場合に支払うこととされている割増賃金率(五割以上)」―「労働者が代替休暇を取得した場合に支払うこととされている割増賃金率(二割五分以上)」
ex)一箇月の時間外労働時間数80時間、休暇を取得しなかった場合の割増率5割、休暇を取得した場合の割増率二割五分とすると、(80-60)×(0.5-0.25)=5
㈡代替休暇の単位
代替休暇は、まとまった単位で与えられることで労働者の休息の機会となることから、一日又は半日を単位として定める必要があるとされています。「一日」とは所定労働時間、「半日」とはその二分の一ことですが、代替休暇として与えることができる時間の時間数が労使協定で定めた代替休暇の単位(一日又は半日)に達しない場合であっても、「代替休暇以外の通常の労働時間の賃金が支払われる休暇(例:特別休暇や年休等)」と合わせて与えることができる旨を労使協定で定めたときは、この休暇と代替休暇とを合わせて一日又は半日の休暇を与えることができるとされています。
㈢代替休暇を与えることができる期間
代替休暇を与えることができる期間は、特に長い時間外労働が行われた月から一定の近接した期間に与えられることで労働者の休息の機会となることから、時間外労働が一箇月について六十時間を超えた当該一箇月の末日の翌日から二箇月以内とされており、労使協定ではこの範囲内で定める必要があるとされています。
なお、労使協定で一箇月を超える期間が定められている場合、前々月の時間外労働に対応する代替休暇と前月の時間外労働に対応する代替休暇とを合わせて一日又は半日の代替休暇として取得することができるとされています。
㈣代替休暇の取得日及び割増賃金の支払日
労使協定に定める事項として上記㈠~㈢が施行規則に規定されていますが、賃金の支払額を早期に確定させる観点から、労使協定で定められるべきものとして施行規則に規定されているものではありませんが、以下の事項が通達において挙げられています。
①労働者の意向を踏まえた代替休暇の取得日の決定方法
労働者の代替休暇取得の意向については、一箇月について六十時間を超えて時間外労働をさせた当該一箇月の末日からできる限り短い期間内において、確認するものとし、代替休暇を取得するかどうかは、労働者の判断によるため、代替休暇が実際に与えられる日は、当然、労働者の意向を踏まえたものとする必要があるとされています。
②一箇月について六十時間を超える時間外労働に係る割増賃金の支払日
一箇月について六十時間を超える時間外労働に係る割増賃金の支払日については、労働者の代替休暇取得の意向に応じて次のようにする必要があるとされています。
  1. 労働者に代替休暇取得の意向がある場合には、現行でも支払い義務がある二割五分以上の割増賃金について、当該割増賃金が発生した賃金計算期間に係る賃金支払日に支払う必要がある。
    なお、代替休暇取得の意向があった労働者が実際には代替休暇を取得できなかったときには、法定割増賃金率の引き上げ分の割増賃金について、労働者が代替休暇を取得できないことが確定した賃金計算期間に係る賃金支払日に支払う必要がある。
  B.上記A以外の場合(労働者に代替休暇取得の意向がない場合、労働者の意向が確認できない場合等)には、法定割増賃金率の引き上げ分も含めた割増賃金(五割以上
             の割増賃金)について、当該割増賃金が発生した賃金計算期間に係る賃金支払日に支払う必要がある。
             なお、法定割増賃金率の引き上げ分も含めた割増賃金が支払われた後に、労働者から代替休暇取得の意向があった場合には、代替休暇を与えることができる期間として
             労使協定で定めた期間内であっても、労働者は代替休暇を取得できないこととすることを労使協定で定めても差し支えないとされていて、 また、このような法定割増賃
             金率の引き上げ分も含めた割増賃金が支払われた後に労働者から代替休暇取得の意向があった場合について、代替休暇を与えることができる期間として労使協定で定め
            た期間内であれば労働者は代替休暇を取得できることとし、労働者が実際に代替休暇を取得したときは既に支払われた法定割増賃金率の引き上げ分の割増賃金について
            精算することとすることを労使協定で定めることも妨げられるものではないとされています。
○罰則
           使用者が労基法第三十七条に違反して割増賃金を支払わない場合は、六ヶ月以下の懲役又は三十万円以下の罰金の罰則が規定されています。
           また、割増賃金を支払わなかった使用者に対して、裁判所は労働者の請求により未払いの割増賃金のほか、これと同一額の付加金の支払いを命ずることができると労基
           法第百十四条に定められています。
2025年12月09日 13:47
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