令和9年1月1日~療養、育児又は介護(療養等)と仕事を両立することで報酬が急減した場合の標準報酬月額の保険者算定の特例措置が適用されます。
○保険者算定の特例とは標準報酬月額とは、日本の健康保険・厚生年金保険(社会保険)における概念で、被保険者が受ける給与を標準報酬月額等級表の区分に当てはめて給与額の等級を決定する給与額に準じた額のことです。この標準報酬月額は、社会保険制度の保険料額、健康保険の保険給付額、将来の厚生年金の受給額の算出根拠となるもので社会保険制度の根幹を形成する非常に重要なものです。
標準報酬月額は、定時決定(算定基礎)*1、資格取得時決定*2、育児休業終了時改定*3、産前産後終了時改定*4又は随時改定(月額変更)*5の場面において、それぞれ決定・改定されます。
*1:健康保険法第四十一条第一項・厚生年金保険法第二十一条第一項、*2:健保法第四十二条第一項・厚年法第二十二条第一項、*3:健保法第四十三条の二第一項・厚年法第二十三条の二第一項、*4:健保法第四十三条の三第一項、厚年法第二十三条の三第一項、*5:健保法第四十三条第一項、厚年法第二十三条第一項
上記のように法律に規定された場面において決定・改定される標準報酬月額には、健康保険法第四十四条・厚生年金保険法第二十四条で以下の様な規定で、「報酬月額の算定の特例」が設けられています。
健康保険法第44条 (報酬月格の算定の特例)保険者等は、被保険者の報酬月額が、第41条第1項、第42条第1項、第43条の2第1項若しくは前条第1項の規定によって算定することが困難であるとき、又は第41条第1項、第42条第1項、第43条第1項、第43条の2第1項若しくは前条第1項の規定によって算定した額が著しく不当であると認めるときは、これらの規定にかかわらず、その算定する額を当該被保険者の報酬月額とする。
厚生年金保険法第24条 (報酬月額の算定の特例)被保険者の報酬月額が、第21条第1項、第22条第1項、第23条の2第1項若しくは前条第1項の規定によって算定することが困難であるとき、又は第21条第1項、第22条第1項、第23条第1項、第23条の2第1項若しくは前条第1項の規定によって算定した額が著しく不当であるときは、これらの規定にかかわらず、実施機関が算定する額を当該被保険者の報酬月額とする。
これを保険者算定といい、法に規定された方法に沿わないイレギュラーなケースを処理する方法として使用されています。
この度、「療養、育児又は介護と仕事を両立することで報酬が急減した場合」にこの保険者算定の特例が適用されることになりました。
その適用期日は、行政通達において「令和9年1月1日から適用する。」とされていますので、以降は特例を用いた標準報酬月額の改定が可能になります。
○保険者算定導入の背景
療養、育児、介護と仕事を両立するためには、所定労働時間の短縮や時間外労働の抑制等といった「就労調整」によって、仕事時間を削減し私的時間を捻出することが必要となります。その結果として、報酬が減少し生計に充てるべき給与額に影響が生じることは必然です。しかし、就労調整によって報酬が急減し、急減後の報酬の総額を基にした標準報酬月額が従前の標準報酬月額に比べて2等級以上低下する場合であっても、通常の随時改定(月額変更)の取扱い*6による場合には、標準報酬月額が改定されるまでに3か月の期間を待たなければならず、その間は従前の標準報酬月額が維持され、従前の保険料を支払うことになります。
療養、育児、介護というやむを得ない事情によって、報酬が減少した被保険者にとって、3か月間高額のままの保険料が徴収されることは過酷であることから、療養、育児、介護を行う被保険者が仕事との両立をする場合には、それを支援する観点から、就労調整の結果として標準報酬月額が2等級以上低下した場合においては、通常の随時改定の取扱いによることなく、より速やかに現状に適合した形で、標準報酬月額を改定できるようにしたものです。
*6:随時改定成立の要件
①固定的賃金の変動
②変動月以後引き続く3か月とも支払基礎日数が17日(短時間労働者は11日)以上
③変動月から3か月間の報酬の平均額と現在の標準報酬月額に2等級以上の差
上記から、随時改定の要件を充たすためには、3か月の期間が必要となります。
○保険者算定の特例の内容
保険者算定の特例とはどのようなものなのかについて通達は以下のように説明しています。
適用事業所の事業主から、下記の対象者(後述)について、下記に定める手続の方法(後述)により、療養等と仕事を両立するための就労調整を行うことにより報酬が急減し、急減後の報酬の総額を基にした標準報酬月額が、従前の標準報酬月額に比べて2等級以上低下し、かつその状態が3か月以上続くことが予め見込まれるものとして届出があった場合には、固定的賃金の変動の有無にかかわらず、特例措置により、報酬減となった初月( *7)に受けた報酬の総額を、新たな標準報酬月額として改定できる取扱いとする(*8)(*9)。 ただし、就労調整が終了・縮小したことにより報酬が増加し、増加後の報酬の総額を基にした標準報酬月額が、その者の標準報酬月額(特例措置による改定後のもの) に比べて2等級以上上昇した場合には、固定的賃金の変動の有無にかかわらず、速やかに、その内容を届け出た上で、報酬増となった初月(*10)に受けた報酬の総額を、 新たな標準報酬月額として改定するものとする(*11)。
(*7)報酬減となった初月は、療養等を理由とした就労調整を行い、標準報酬月額が2等級以上低下し、かつその状態が3か月以上続くことが予め見込まれるものとして事業主が届け出た月とする。
(*8)報酬減となった初月の報酬支払の基礎となった日数(以下「支払基礎日数」という。)に ついては、療養等と仕事を両立するための就労調整により勤務しなかった日(報酬の支払の有無は問わない。)がある場合であっても、所定労働日数に変更は無く、かつ使用関係が継続しているときは、当該勤務しなかった日も支払基礎日数として取り扱う。そのうえで、 支払基礎日数が17日(健康保険法第41条第1項及び厚生年金保険法第21条第1項の規定により11日とされている者にあっては11日。以下同じ。)未満となる場合は、当該月は 特例措置の対象外とする。
(*9)報酬減となった初月の全部にわたって勤務せず、報酬が一切支払われなかった場合は、 療養等と仕事を両立しているとは言い難いため、当該月は特例措置の対象外とする。
(*10)報酬増となった初月は、療養等を理由とした就労調整が終了し、標準報酬月額が2等級以上上昇した月とする。
(*11)報酬増となった初月の支払基礎日数については、報酬減となった初月の支払基礎日数の取扱いと異なり、報酬支払いが無かった日は、支払基礎日数として取り扱わない。
○保険者算定の特例の対象者
保険者算定の特例の対象者について、通達では以下の者とされています。
健康保険・厚生年金保険被保険者及び厚生年金保険70歳以上被用者のうち、次のいずれにも該当する者であること。
① 療養等(*12)と仕事を両立するための就労調整が行われていること。
② 当該就労調整により報酬が急減し、急減後の報酬の総額を基にした標準報酬月額が、従前の標準報酬月額に比べて2等級以上低下し、かつその状態が3か月以上続くことが予め見込まれること。
③ 特例措置による改定を行うことについて、対象者が書面で同意していること。
(*12)療養、育児又は介護とは、それぞれ次の場合を指す。
・療養:被保険者本人が傷病の治療若しくはこれに準ずる措置(以下「治療等」という。)を受ける場合又は家族の傷病の治療等に伴い被保険者が看護等の必要な対応をする場合
・育児:被保険者の小学校就学の始期に達するまでの子を被保険者が養育する場合
・介護:介護保険法(平成9年法律第123号)に基づく要介護認定又は要支援認定を受けている家族を被保険者が介護する場合
(注)通常の随時改定の取扱いと同様、2等級以上低下する者には、次の場合を含む。
・ 健康保険50級又は厚生年金保険第32級の標準報酬月額にある者の報酬月額 (健康保険にあっては報酬月額が141万5,000円以上、厚生年金保険にあっては報酬月額が66万5,000円以上である場合に限る。)が降給したことにより、その算定月額が健康保険49級又は厚生年金保険第31級以下の標準報酬月額に該当することとなった場合。
・ 第2級の標準報酬月額にある者の報酬月額が降給することにより、その算定月額が健康保険にあっては5万3,000円未満、厚生年金保険にあっては8万3,000円未満となった場合。
(注)報酬減となった初月の翌月に被保険者資格を喪失する者については、当該初月の翌月の保険料が賦課されないため、特例措置の対象にはならない。(なお、当該初月の翌月末に退職する者については、当該初月の翌々月1日に被保険者資格を喪失する。)
(注)被保険者期間が報酬減となった初月を含めて3か月未満の者については、健康保険法第43条第1項及び厚生年金保険法第23条第1項の規定上、特例措置による届出の対象とはならないこととなる。
○手続きの方法
手続きについては、被保険者報酬月額変更届(特例改定用)に申立書兼同意書を添えて日本年金機構に提出することとされています。(健康保険組合加入事業所は機構および組合に提出)
被保険者報酬月額変更届の記入に関して通達は、「届出書中、継続した3か月の各月の報酬月額等を記載する欄のうち一番下の月(3か月目)の欄のみに、報酬減となった初月に係る報酬月額等を記載する取扱いとして差し支えない。」としています。
なお、申立書兼同意書の記入に関して通達は、以下の内容を事業主が確認したことの申し立てと対象者本人が「同意」していることの記載が必要としています。
<事業主の申し立て> について
・ 療養等と仕事を両立するための就労調整により報酬が急減し、急減後の報酬の総額を基にした標準報酬月額が、従前の標準報酬月額に比べて2等級以上低下し、かつその状態が3か月以上続くことが予め見込まれる旨
・ 対象者がその要件に該当していることを確認した上で、対象者本人の同意を得ている旨
・特例措置の届出の内容が事実であることを確認できる書類(*13の書類。 例:出勤簿、賃金台帳、療養の事実が分かる医師の診断書、子の年齢を証明する書類、要介護状態又は要支援状態であることを証明する書類など)を、 届出から2年間、確実に保存する旨
*13:事業主における関連書類の保存について通達は、
日本年金機構及び健康保険組合への届出内容について、日本年金機構及び健康保険組合が必要に応じて事後的に確認できるよう、適用事業所の事業主においては、特例措置の届出及び申立書兼同意書の内容が事実であることを確認できる書類( 例えば、就労調整を行う原因となった療養等の事実を証明する書類など)を届出日から2年間保存することが必要、としています。
・就労調整が終了・縮小したことにより報酬が増加し、増加後の報酬の総額を基にした標準報酬月額がその者の標準報酬月額(特例措置による改定後のもの)に比べて2等級以上上昇した場合には、固定的賃金の変動の有無にかかわらず、速やかに、その内容を届け出た上で、報酬増となった初月に受ける報酬の総額を、新たな標準報酬月額として改定する旨
・健康保険及び厚生年金保険双方で同様の特例改定の手続を同時に行う旨
⇒その実行性を担保するため、通達は「健康保険及び厚生年金保険の社会保険制度としての適用上の一体性を確保し、 給与事務等の複雑化を防止する等の観点から、事業主からの申立書において、健康保険及び厚生年金保険双方で同様の特例改定の手続を行う旨のチェック欄を設けているため、この点を確認し、チェックがない場合には、事業主に対し申立書を返戻し、同時に手続きを行うよう求める」ことを健保組合及び年金機構に指示しています。
<被保険者本人の同意>について
・特例措置による改定を行う場合は、被保険者の保険料額への影響のみならず、将来の年金給付が減少すること、傷病手当金及び出産手当金への影響も生じることについて、十分に理解した上で同意する旨
まとめ
以上、令和9年1月1日から、療養、育児、介護(療養等)と仕事を両立する被保険者を支援するために、標準報酬月額の保険者算定の特例が適用されることになります。
この特例は、療養、育児、介護といった本人の努力だけではその負担を軽くすることができない事情を持つ被保険者を金銭面から支援するという施策です。
この特例を利用すれば、通常の随時改定よりも速やかに標準報酬月額を改定でき、保険料負担を軽減することができます。さらに改定以降も事情が継続する限り支援を継続することができます。
しかし、この金銭的なメリットには裏返せばデメリットがあることを十分に理解しておかなければなりません。
そのデメリットとは、冒頭「標準報酬とは」で記載した「標準報酬月額は、社会保険制度の保険料額、健康保険の保険給付額、将来の厚生年金の受給額の算出根拠となるもので社会保険制度の根幹を形成する非常に重要なもの」ということです。
つまり、特例を使って標準報酬月額を下げた場合には、その下がった後の標準報酬月額を使用して保険料額が計算されるのはもちろん、健康保険の保険給付額、将来の厚生年金の受給額についてもそれを使用して計算されるということになるのです。
特例によって保険料負担は軽減されますが、その間に傷病手当金や出産手当金を受給することになったときにはそれに見合った受給額となりますし、将来の年金の計算に際してもその時の標準報酬月額が反映されますので、そのことを承知の上で、特例の利用を検討する必要があります。
そのようなデメリットがあるが故に通達は、手続の方法について被保険者本人の同意書を提出すること、また「被保険者本人の同意」に関して、「特例措置による改定を行う場合は、被保険者の保険料額への影響のみならず、将来の年金給付が減少すること、傷病手当金及び出産手当金への影響も生じることについて、十分に理解した上で同意する旨」の記載を要求しているのです。
事業主も被保険者本人も保険料が下がるからと、安易に特例の利用を決定するのではなく、十分に検討した上での判断が重要となるのです。
2026年10月05日 14:53