労働基準法における減給の「制裁規定の制限」について
○減給の制裁減給の制裁とは、職場規律に違反した労働者に対する制裁として、本来労働者が受ける賃金を減額する措置のことです。労働基準法においては「労働者に対して減給の制裁を定める場合においては」と「制裁」という語句を使用していますが、一般的には「懲戒」という語句が使用されていて、なじみがあるのではないかと思います。
これに関しては、「懲戒」と「制裁」は同義である旨通達されていますので、同義に扱うことでよいでしょう。
それでは「懲戒」とは何かというと、使用者が企業秩序を維持し、企業の円滑な運営を図るために行うもので、従業員の企業秩序違反に対する制裁罰としての労働関係上の不利益措置のことを懲戒処分といいます。使用者が懲戒処分を行うには、就業規則に懲戒の種類、程度及び事由を定め、労働者に周知しておかなければなりません。
懲戒処分には一般的には以下のような種類があります。
1.戒告:始末書の提出を求めず注意を言い渡すこと
2.譴責:始末書を取り注意を言い渡すこと
3.減給:労働者が受ける賃金を減額すること
4.出勤停止:一定期間出社させず就労を禁止し、賃金の支払いを行わないこと
5.降格(降職):役職、職位、資格等級を引き下げること
6.諭旨解雇:本来は懲戒解雇に該当するものの、情状が認められる場合に一定期間内に退職届を提出することを勧告し、提出があれば退職とし、期間内に退職届が提出され
ない場合は懲戒解雇とすること
7.懲戒解雇:制裁罰として解雇すること。一般的に退職金が不支給とされ、再就職活動にも不利益がある
このように懲戒にはいくつかの種類があるのですが、労働基準法が規制しているのは解雇に関することを除くと、第九十一条の「(減給の)制裁規定の制限」です。
解雇や減給以外の懲戒に関しては、使用者は人事考課や人事異動において大きな裁量を有しているとされていますので個別の規制は定められていませんが、解雇や減給については、労働者の生活を脅かすことに直結することから、個別に規定を定めていると言えます。実際に「就業規則に定める制裁は減給に限定されるものでなく、その他譴責出勤停止即時解雇等も制裁の原因たる事案が公序良俗に反しない限り禁止する趣旨ではない」と通達されていて、懲戒は減給に限らず数種類あるので使用者において適正な範疇で行うことを促しています。
特に減給に関する制裁規定の制限については、労働の結果いったん発生した賃金債権を減額するものであることから、その額があまりに多額であると労働者の生活を著しく脅かす要因になるおそれがあるため、それを防止するという趣旨で次のように規定されています。
(制裁規定の制限)
第91条 就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、①一回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、②総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。
①一回の額が平均賃金の1日分の半額を超えてはならない
「一回の事案に対しては、減給の総額が平均賃金の1日分の半分以内でなければならないという意味である。」と通達されていて、一回の事案について平均賃金の1日分の半額ずつ何日にもわたって減給してよいという意味ではありません。
②総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない
「一賃金支払期に発生した数事案に対する減給の総額が、当該賃金支払期における賃金総額の10分の1以内でなければならないという意味である。」との通達があり、もしこれを超えて減給の制裁を行う必要が生じた場合には、その部分の減給は、次期の賃金支払期に延ばさなければなりません。また「一賃金支払期における賃金総額が欠勤、遅刻等により減額されたため僅少となった場合であっても、僅少となった現実に支払われる賃金の総額の10分の1を超えてはならない」との通達があり、僅少となった賃金総額を基礎として10分の1を計算しなければなりません。
○制裁規定の制限に拘束されないで減給が行われるケース
1.労働者との合意に基づく減給
労働契約法第八条は「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。」と規定し、労働条件は契約締結の当事者である労
使の合意によって変更できると定めています。
労使の合意に基づく減給の場合、懲戒処分による減給ではないことから、制裁規定の制限が適用されません。
2.降格による減給
降格には、「人事考課によるもの」と「懲戒処分によるもの」があり、前者に伴う減給は制裁規定の制限は適用されませんが、後者に該当する減給については、適用されることになります。
前者について通達は、「交通事故を起こした自動車運転手を助手に降格し、賃金を助手のそれに低下せしめるとしても、交通事故を起こしたことが運転手として不適格であるから助手に格下げするものであるならば、賃金の低下は、その労働者の職務の変更に伴う当然の結果であるから労基法第91条の制裁規定の制限に抵触するものではない。」としています。
これに対して後者について通達は、就業規則における「将来にわたって本給の10分の1以内を減ずる」と定めた降給の制裁について、「降給が従前の職務に従事せしめつつ、賃金額のみを減ずる趣旨であれば、減給の制裁として労働基準法第91条の適用がある。」としています。
3.出勤停止に伴う減給
出勤停止とは、就業規則に規定された懲戒行為をした労働者を一定期間出社させず賃金の支払いを行わないことです。出勤停止期間中の賃金が支払われないことになりますので、減給に比して多額の賃金を減額されることになりますが、制裁規定の制限は適用されません。
通達においても、「出勤停止期間中の賃金を受けられないことは、制裁としての出勤停止の当然の結果であって、通常の額以下の賃金を支給することを定める減給の制裁に関する労働基準法第91条の規定には関係ない。」とされています。
それでは出勤停止期間としてはどのくらいの期間が妥当なのでしょうか。法令においては期間の上限・下限等の定めはありませんので、その期間は使用者において定めることになります。しかし、過度に厳しい期間を処分として下してしまうと、裁判等になった場合には「無効」とされるリスクがありますので、注意が必要です。
通達では、「ただし、出勤停止の期間については公序良俗の見地より当該事犯の情状の程度等により制限のあるべきことは当然である。」とされていますし、労働契約法においても第15条で「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」とありますので、十分に検討しなければなりません。
4.遅刻・早退・欠勤控除による減給
遅刻・早退および欠勤によって、不就労時間に相当する賃金を控除することは制裁規定の制限は適用されません。ただし、不就労時間を超える減給は、制裁規定の制限の適用を受けることになります。
通達においても、「遅刻、早退又は欠勤の場合、その時間については賃金債権が生じないものであるから、労働の提供のなかった時間に相当する分の減給は、労働基準法第91条にいう減給の制裁としての制限を受けない。しかし、遅刻早退の時間に対する賃金額を超える減給は制裁とみなされ、第91条に定める減給の制裁に関する規定の適用を受ける。」とされています。
以上のように、職場規律に違反した労働者に減給という懲戒処分を下す際には、法令によって制限が課されています。違反者への制裁だからといって、使用者の裁量によって自由にできるものではありませんので、慎重に行うことが必要です。
2025年08月22日 11:01